レース・トゥ・イレブン 〜 毎週火曜日連載・ビリヤードの長編連載小説です 〜
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    第55話 後輩?
    JUGEMテーマ:連載

     
     楽しい時間は過ぎてゆくのが早いものだ。ボールを投げ合ってふざけていたことさえすっかり忘れ去り、無我夢中で「ビリヤード」に興じる少年たち。カッコイイから?奥深いから?いや、そんなの関係ない。理屈じゃない。ただこうしているのが楽しいから。

     飽きっぽくて2時間もしたら止めるだろうと思っていた少年たちも、気がつけば3時間も休まずに撞いていた。ゲームとしては初心者レベルの腕前かも知れないが、この熱心さは初心者のレベルを超えているかも知れない。

     「はあ〜、のど渇いた。そろそろ終わろうぜ」リーダー格がそう言うと、皆が納得した。
     マナーというのはどこからやってくるのだろう? 店員が何も言わなくても自分が使ったキューは、各々がちゃんとラックに仕舞い出した。
     
     少年たちがレジの方で代金を精算しようとすると、佐倉は「学生さん?それなら学生料金で1時間360円になるけど」と告げた。


      「学生証見せなアカンの?」一人がそう言い、佐倉がうなずくと、とたんに皆の表情が曇った。
     「一般でいいや」「オレも」「オレも一般で」と口々に言い、わざわざ高い男性一般客の料金を払おうとする。
     佐倉は気になった。何か気に障るようなことを言ったのだろうか?
     
     そうして、ややうつむき加減な表情で少年たちは「ありがとう」と言い残し、店を去った。何となく釈然としない、そんな感じだった。
     
     「よく相手してやってくれたね、ありがとう」マスターは佐倉にねぎらいの言葉をかけた。だが、佐倉はまだ彼らのことが少し気がかりで、素直に喜ぶことはできなかった。

     

     一夜明け、また佐倉が店に出勤した時、珍しく店の表にマスターの姿を見た。まだ冬で寒いのに、である。
     「ああ、佐倉ちゃん、派手にやられたわ」そう声をかけたマスターの手には刷毛とペンキの缶があった。佐倉が見上げると、店の壁や窓の格子に派手な落書きがでかでかと描かれていた。
     どうも夜中のうちにスプレーで描かれたもののようだ。
     
     「手伝いましょうか?」と佐倉が言うと、マスターは最初遠慮したが、「服が汚れないように前掛けしてきてね」と伝え、二人して壁の塗り替えをすることになった。
     「誰がこんなことをやったんやろうね・・・」マスターはもの悲しく佐倉にこぼした。
     「わからないけど、こういうのイヤだな」
     
     しばらくペンキ塗りをして、店内の掃除は奥さんが受け持っていた。何とかキレイにしないとあまりに格好が付かないものだ。
     そうこうしているうちに、一人の少年が店の前を通りかかり、慌てて近づいてきて声をかけたのである。

     「うわ、なんやこれ」そう言ったのは、昨日店に来ていた少年の一人で、最後にキューを握ったプライドの高そうだった少年である。
     「オレも手伝うわ」彼は何のためらいもなく、マスターから刷毛とペンキを取り上げて丁寧に壁を塗り始めた。
     マスターは何か察したのか、その場を任せて店の中へと姿を消した。それを見計らったように少年は佐倉に話しかけた。
     「確信はないけど、昨日来てた、ちょっと偉そうな奴、おったやん? あいつやと思う。ごめん。」
     「ええっ?」佐倉は驚いて彼の目を見た。
     ペンキを塗りながら、合間合間に少しずつ話しをする二人。どうやらリーダー格の少年は停学中の身で学生証も取り上げられているそうだ。ポップな絵を描くのが好きで美術を専攻しているが、この落書きがお礼の意味合いか、嫌がらせのものなのかは彼にもわからないという。
     「本当にあいつ、常識ないところもあるし、停学中でイライラしていたからかも知れへんけど、本当にごめん」何度も何度も謝られて、彼女としてはもう怒る気持ちにはなれなかった。
     
     
     一通り塗り終わり、乾くのを待つ間、二人とも店内に入って話しながらお茶でも飲むことにした。マスターは事情を聞くうち、塗られてしまったことはどうでもよくなって、むしろリーダー格の少年のことを気遣って心配しだしたぐらいだ。
     
     「それで、あなたはどこの学生なの?」佐倉がそう尋ねると、少年は学生証を見せた。なんと二人は同じ学校に通っていたことがわかる。
     「え? せ、先輩でしたか?」少年は急に敬語を使い出した。
     「先輩って言っても、一浪しているから同い年でしょ」と佐倉が言うと、
     「いや、先輩は先輩っすよ。ビリヤードでは師匠と呼びたいぐらいっすよ」と少年の態度が一変したのに皆がくすくすと笑い出した。

     妙なもので、人間関係がひとたび身近なものとわかると、少年もビリヤードについてあれこれと質問を浴びせかける。
     「いい弟子ができてよかったな、佐倉ちゃん」マスターは他人事のように笑いながらそう言った。
     少年は名字で呼ばれるのは好きじゃないらしく、自分のことをヨシキと名乗った。

     

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      | 第三章 カモナ・マイホーム | -
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        -- あらすじ --
        この物語は、主人公−佐倉がビリヤードを通じて様々な人と出会い、成長する様を描いていきます。 大学に通う一年生の佐倉は、同じ京都で間借りしている部屋の大家を通じ、ビリヤード場で働くことになります。人と接することが苦手で、自分の殻にこもっている彼女の心を、店の常連客らが徐々に開いていきます。 アットホームな雰囲気、厳しい先輩プレイヤーやプロの存在によって彼女の心境が変化していき、本格的なプレイヤーに成長していきます。やがてビリヤードがなくてはならない存在になり・・・。 序章で見せた佐倉の涙の意味するものはいったい・・・? これから始まるビリヤードのドラマに、しばしのお時間お付き合いください。

        -グーバーウォーク-



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