レース・トゥ・イレブン 〜 毎週火曜日連載・ビリヤードの長編連載小説です 〜
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    第51話 プライベート・レッスン
    JUGEMテーマ:連載

     

     「ようこそ、いらっしゃい」
     たびたび登場するこの年配の女性は、よく大家さんと呼ばれ、この町内では慣れ親しまれた存在だ。
     以前には堀川ビリヤードに駆け込んで勝負を挑んできた龍プロを14−1ゲームで迎え撃ち、衆目の中で相手を下したことで一目置かれる存在となったのである。
     ホームでの初の試合で惨敗を喫した佐倉は、藁にもすがる思いで、「相田家」の門戸を叩いたのだった。

     年の瀬も迫る頃、世間の慌ただしさとは別世界のようにこの界隈は静かさを保っていた。

     「ひょっとして、あたしが来ると思ってました?」そう佐倉が問いかけると、大家は何も言わずに頷いた。
     玄関までの敷石を踏みながら佐倉は大家の足下を見ていて気付いた。
     「革製のブーツなんですね。かかともしっかり高くて」
     そう言っている間に玄関の中に入り、「ちょっと見てみなよ」と大家は下駄箱の扉をすべて開けて見せた。
     
     「わあ」佐倉は驚いた。パンプスのような楽そうな靴は見かけず、どの靴もかかとが5センチか6センチぐらいある革靴ばかりだ。


      「ビリヤードをやってるとね、なぜだか履き物までそれに合わせちまってね」
     さらに佐倉を感心させたのは、そのデザインや色合いの幅の多さだ。可愛らしいものからシックなもの、パーティに履いていってもいいぐらいのフォーマルなもの、そのどれもが飾りの違いを別にすれば一貫性があるように感じられた。
     玄関で自分の靴を脱ごうとして、それが底の低いスニーカーだったことに、自分の心がけがまだまだ足りていないように感じる佐倉だった。
     
     「積もる話しもなんだけど、まずは温かいお茶でもどうだい?」大家がそう尋ねると、
     「ええ、戴きます」と彼女は即答した。

     相田家の母屋に通されるのは初めてのことである。
     使い込まれた家の各所、柱にしても廊下の床にしても、黒光りするように鈍く輝いていた。黒電話と電話帳が廊下の電話台に置かれ、その上には緊急連絡先が貼られていた。
     入ってすぐ左側にガラス戸があり、中に入ると割とこぢんまりとした部屋にダイニングテーブルが置かれていた。いかにも「昭和」な感じだ。その奥にいくつも部屋がありそうだったが、彼女一人では寂しくないのだろうか、と佐倉は思う。
     
     石油ストーブの上にかけられたヤカンは湯気を吐き続けていて、いつでもお茶が煎れれることを全力でアピールしていた。
     急須にお番茶がつまみ入れられ、熱々のお湯を注ぐと、部屋いっぱいに香ばしい香りを充満させた。

     「で、あたしにビリヤードを教わりたい・・・と」せっかちな大家は単刀直入に尋ねた。
     あまりにも唐突で核心を突いていたので、佐倉は熱々のお茶をすすりながら吹き出しそうになっていた。
     
     「はい、そうです。教えてもらってもいいでしょうか?」
     大家はお茶をすすりながら、真っ直ぐに見つめてくる佐倉の目を見てはまたすすり、もう一度佐倉がそのままの視線を保っていることを確認すると、次の話を切り出した。
     「あたしゃ、教えるのはあまり上手くないし、退屈かも知れないけど・・・、それでもいいのかね!?」

     佐倉は即座に返答できなかった。教わる身として、大家のことをどれだけ頼っていいのか、まだ彼女には分かりかねる部分があったからだろう。彼女の目をしっかりと見据える大家の目。それが彼女自身の度胸を問われているような気がした。

     「ええ、お願いします」
     一瞬の間迷った後に、彼女はダイニングテーブルにおでこをぶつけるぐらい、深く頭を下げた。

     再び顔を上げたとき、大家の顔は満面の笑みを浮かべていた。
     「それは良かった。かつてあたしの教え子だった人の中には、全米で優勝したのもいるくらいだからね。ま、教えたのは最初のうちだけだったけどさ」そう言うと、大家は上機嫌で高笑いをした。
     
     佐倉は内心ホッとした。全米は大げさにしても、本当に教えた経験はありそうだったからだ。
     
     
     こうして佐倉のプライベートレッスンは開始した。学校の授業と堀川でのアルバイト以外で空いた時間、ほんの短時間でも毎日、大家の手ほどきを受けながら次第に上達していくのだろう。
     
     
     人生は待っているものではなく、自分から切り開いていくものだ。最初の一歩を踏み出す勇気こそが大切なのだ。とこのときの佐倉はそう確信したのだった。

     

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      | 第三章 カモナ・マイホーム | -
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        -- あらすじ --
        この物語は、主人公−佐倉がビリヤードを通じて様々な人と出会い、成長する様を描いていきます。 大学に通う一年生の佐倉は、同じ京都で間借りしている部屋の大家を通じ、ビリヤード場で働くことになります。人と接することが苦手で、自分の殻にこもっている彼女の心を、店の常連客らが徐々に開いていきます。 アットホームな雰囲気、厳しい先輩プレイヤーやプロの存在によって彼女の心境が変化していき、本格的なプレイヤーに成長していきます。やがてビリヤードがなくてはならない存在になり・・・。 序章で見せた佐倉の涙の意味するものはいったい・・・? これから始まるビリヤードのドラマに、しばしのお時間お付き合いください。

        -グーバーウォーク-



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