レース・トゥ・イレブン 〜 毎週火曜日連載・ビリヤードの長編連載小説です 〜
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    第46話 表彰式
    JUGEMテーマ:連載

     

     「ありがとうございました!」
     「お疲れ様でした」
     そんな声がプレイヤー同士、そしてギャラリーや運営者からも聞こえ出した。

     そして・・・

     「優勝おめでとう」
     

     最後に闘った4名の選手たちはお互いに固い握手を交わして健闘をたたえ合う。すでに敗れてしまった出場者やギャラリーたちは彼らの周りを取り囲んだ。


      そして表彰式が始まり、下位の入賞者から順に呼び出されて章典の授与がなされる。照れくさそうにしながら賞品を受け取る者、高らかに賞品を持ち上げて喜びを表現する者、それぞれの受け止め方をしている中で、決勝戦に敗れた酒井は複雑な表情をしていた。
     負けた悔しさと自分の至らなさを感じ、失敗の場面を思い浮かべていた。
     
     (パンパン!)

     すごく間近で大きな拍手の音がした。織田が大きな手で拍手をしてくれていたのだ。ふと我に返った酒井は、自分たちの準優勝の表彰がされていることに気付いた。

     「おめでとうございます」
     運営者に言われ、周囲からも拍手で祝福されて、酒井は苦々しい気持ちを残しながらもハッキリと笑顔を見せていた。その酒井と織田は、この会場でもっとも祝福されているペアの方へと視線を向けた。


     大会主催者が会場全体に聞こえるような大きな声で呼び出した。
     「そして優勝者は、原田龍二プロ、佐倉南さんのお二人です。おめでとうございます」

     より大きな拍手が会場を包み込んだ。
     龍と佐倉は章典を受け取ると、深くお辞儀をしてお礼を告げた。
     佐倉にとって、このような形で表彰されるのは生まれて初めての経験だった。自分たちのいるビリヤードテーブルの明るい空間、そしてそれを取り囲むようにしてテーブル用の照明から外れた薄明かりの中で、たくさんの笑顔がこちらを向いている。その誰もが自分たちの勝利を褒め称え、声をかけたり拍手を続けてくれている。
     
     思い返してみれば中学校の学芸会や高校のときの合唱コンクールなど、学校行事で似たような経験をしているはずなのに、それとはまた違った格別な充足感が得られるのはなぜだろう。成功も失敗も自分たちで実感できているからだろうか。
     肉体も精神力も疲れ切っているはずなのに、表彰で得た嬉しさがそれらを帳消しにしてしまうようにも感じられる。


     そんな気持ちを抱いている間に、ベストドレッサーの表彰が行われた。
     5位から順に優秀者の名前が告げられていくが、残念ながら佐倉の名前はなかった。
     
     「ベストドレッサー賞、最優秀者の発表の前に・・・」
     主催者はコホンと軽く咳払いをして続けた。
     「無効票が多数ありまして・・・・、エー、ゴスロリのコスチュームをお召しになられている方、この方はプレイヤーではありませんので無効とさえて頂きます」
     会場からは笑い声が漏れたが、当のゴスロリ少女は兄の酒井のそばで得意げな顔をしている。もし正当に評価されたとしたなら、自分が賞をかっ攫っていくぐらいの気持ちだったのだろうか。


     「栄えある最優秀は、女王様と犬のコスチュームのお二人、磯部さんと牛島さんのペアに贈られます。おめでとう」
     お嬢と牛島は飛び上がって喜ぶと、一目散に主催者の方へ駆け寄り、賞品を高らかに掲げて喜びを表現していた。


     こうして長かった試合はすべて終了し、プレイヤーもギャラリーも散り散りとなってゆく。
     
     最後まで闘った龍と佐倉も自分たちのキューを片付け始め、キューをケースの中に仕舞い込もうとしていた。帰ろうとした龍を一人の男が引き留めた。
     
     「龍プロ」
     その声の主は酒井だった。
     「すみません、この球を撞いてみてください」
     
     ビリヤードテーブルの上にはいくつかのボールが配置されていた。それを見た龍は一目でそれの意味することを悟った。
     「酒井君、ちょっとキューを貸してくれないか」
     酒井は言われるままに自分のキューを差し出した。


     「いつものオレならこうだ」
     龍が撞いてみせると、酒井は大きく頷いて見せた。
     
     「オレは龍プロの取り方も試合観戦やビデオで研究しているつもりです。あのときのショットがこれなら何も思わなかったのですが・・・」

     「ところが、今日の場合はこうだ」
     龍は口元に笑みを見せ、配置を元に戻して別のショットをして見せた。
     
     「オレはそれが知りたい。なぜその選択なんですか」
     酒井は引っかかっていることを問い質したかった。つまりそれは、龍が酒井を惑わすために、わざとトリッキーな取り口やショットを見せつけたのではないか、という疑念である。
     
     「理由は・・・」
     まだその場に残っていた仲間と相棒の佐倉の表情をちらりと見やりながら続けて言った。
     「彼女が、まだ一部の角度では極端にシュート率が落ちるんでね、一番入りそうなポジションを選択したらこうなったまでだ。もちろん彼女の体格で届きやすい位置も考えてる」
     
     酒井はその説明を受けて半分は納得しかけていた。
     
     「ただ・・・」龍はさらに続けた。
     「酒井君はオレのショットをよく見ているとは感じていた。だからそれを逆手にとった、一見して不可解なショットも使ったことは認めよう。それがどのショットかは企業秘密だがね」そう言うと茶目っ気たっぷりの表情をして見せた。

     酒井のもやもやした気持ちは霧が晴れたように澄み渡ったようだった。
     「ありがとうございました」はきはきとした声で酒井はお礼を言うと、深く頭を下げた。

     

     帰路についた4人は結局のところどこにも立ち寄らずに、堀川ビリヤードに直行していた。
     マスターや常連客に試合の報告をすると、そこにいた何人かを交えて近くの焼き肉店で「祝勝会」と「反省会」をするのだった。長時間を闘った戦士たちはみな空腹で、大量のカルビやタン塩が胃袋の中へと収められていく。
     
     とても長かった一日が終わり、佐倉は自分のアパートに戻ると、それらを振り返ることもなく疲れ果てて、優勝の気分と満足感に酔いしれながら部屋の明かりも消さずに眠ってしまうのだった。

     

     

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        -- あらすじ --
        この物語は、主人公−佐倉がビリヤードを通じて様々な人と出会い、成長する様を描いていきます。 大学に通う一年生の佐倉は、同じ京都で間借りしている部屋の大家を通じ、ビリヤード場で働くことになります。人と接することが苦手で、自分の殻にこもっている彼女の心を、店の常連客らが徐々に開いていきます。 アットホームな雰囲気、厳しい先輩プレイヤーやプロの存在によって彼女の心境が変化していき、本格的なプレイヤーに成長していきます。やがてビリヤードがなくてはならない存在になり・・・。 序章で見せた佐倉の涙の意味するものはいったい・・・? これから始まるビリヤードのドラマに、しばしのお時間お付き合いください。

        -グーバーウォーク-



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