レース・トゥ・イレブン 〜 毎週火曜日連載・ビリヤードの長編連載小説です 〜
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    第44話 泥まみれの貴公子
    JUGEMテーマ:連載

     

     そのときの酒井は一人で戦っている気分だった。このゲームは、まるで龍プロとの一対一、ガチンコ勝負であるかのように感じていた。伸るか反るか、挑まれた勝負に屈するような酒井ではなかったが、ショットの乱れが彼の気持ちを弱くさせていた。プレッシャーと不安が彼の両肩に大きくのしかかる。
     
     
     「爪を噛むなんてあなたのお兄さん・・・」そう言いかけたお嬢がふと顔を向けると、そこにゴスロリ少女の姿はなかった。しかし彼女の居場所はすぐに見あたった。酒井が腰掛けている椅子のすぐ後ろに彼女の姿があったのだ。
     
     葵は「兄さん」と声をかけようとしたがためらった。龍の方を睨みつけるように凝視する兄に対して声をかけづらかったのだろう。他人を寄せ付けないほどの形相の兄を見て、葵はすぐそばで兄を見守ろうとするのだった。

     


     
     「勝ちたい。この勝負だけはどうしても勝ちたい」酒井は声に出してそう呟いた。
     それを聞いた織田は酒井の横顔をちらりと伺って、すぐにまた前を向いて呟いた。「勝ちましょうや」


     ワンチャンスだけでもいい、そう思っていた彼らにチャンスは巡ってきた。連戦の疲れからか、何でもないような球を佐倉が外してしまったのだ。ギャラリーからはため息が漏れた。
     
     
     その意気込みとは裏腹に、球の配置の巡りというものは彼らに味方してくれなかった。シュートに行きたいが狙うポケットがない。考えた末のセーフティをプロの巧みな技術によって返されてしまう。
     まだまだ未熟な佐倉のシュート力では、難しい角度の球を正確にショットするのは困難だ。しかし外れた後の残り球は酒井らにとって厳しいものになっていく。もちろん偶然の産物なのだが、試合の流れというのはこういうものだろう。
     
     球の配置が出来上がった状態で、龍らの手に撞き番が渡ろうものなら、龍による正確なシュートとポジショニングで瞬く間にセットを奪われてしまうのだ。
     
     それでも酒井らは、手にしたチャンスがたとえどんな臭い残り球であろうと、食らいつく覚悟だった。リードしていたセット数は追いつき、追い越され、そして佐倉と龍のペアが先にリーチをかけるところまで来てしまった。
     
     
     「あと一つ、取ったら・・・上タン塩だね」疲れた表情にかぶせるような、精一杯の笑顔を佐倉は龍に見せた。
     「おう、もちろん!オレは特選カルビと生ビールでな」そう応じた龍は、自分でも「そんなこと」と半ば忘れかけていた約束を、彼女が懸命に果たそうとしていることに感動し、さらに気力を充実させていた。

     それでも龍が一人で撞くのとは違い、彼女のミスもそれなりに想定しなければならない。
     これを取れば勝利となるラックで、龍は狙い目のない球をセーフティする。的球は他の球に隠されており、当てることはできてもポケットすることは困難なはずだ。


     酒井に出番が回って来た。見えてなくてもここはシュートに行く、それぐらい何度もキューをしごいて頭の中にクッションのイメージを焼き付けていく。クールな二枚目の額に汗がにじみ、ストレートの黒い前髪が乱れていてもそんなことを気にする風でもなく、必死になって狙いを定める。
     織田には、彼がこんなに必死になって狙いをつけるのを見た記憶がない。
     
     それは酒井の取り巻きも同様だった。
     「いつもの酒井さんも素敵だけど、今の雰囲気もちょっとワイルドでいいわね」そんなひそひそ話が彼女たちの間でささやかれていた。

     織田は静かに祈る気持ちでそのショットを見守った。
     強く放たれた手球は、トンという軽い音を立てて長クッションに当たり、そのままの勢いで的球めがけて滑ってゆく。カンという衝撃音の後で的球は真っ直ぐにコーナーポケットに向かって行き、カコン!という強い音を立ててポケットの中に吸い込まれていった。
     酒井は撞き終わったあともキューを構えたままの姿勢でいた。そしてその音の感触からこのショットが成功したことを確信した。そして目で追いかけた手球の位置は、短クッションに当たってからするすると他の球に当たらずに、次のボールへと近づいていく。
     
     「ナイスショットォ!」拍手と歓声でギャラリーが沸き立った。

     織田は自分たちが大変重要な局面に立たされていることを知り、大きく息を吐いて気持ちを落ち着かせた。
     掌には汗がにじみ、キューを滑りにくくさせていた。
     「ここで繋げな、兄さんのナイスショットが死んでまうがな」さらに自分を奮い立たせつつも、レストを組む手がわずかに震えるのを感じる。織田の力強いショットがズバンと的球をポケットする。織田には細かいポジショニングは難しいが、ここぞという球を入れることには長けている。
     
     酒井の方も必死だった。とにかく入れること、次の球が狙える場所にポジションすること、それしか頭になかった。酒井にはめずらしくややキューをコジリながらシュートする。ポケットに蹴られそうでひやっとしながら、手球はくるくると回転して普段の彼からはあまり想像できないような「不正確さ」だ。
     
     織田が苦笑いする。酒井の一生懸命な姿勢を見て、体中が熱く沸騰するような気分だった。
     何でもないような8番ボール、残り2球をポケットすればリーチリーチで追いつく場面のことだった。
     
     織田は酒井のショットの不安から、少しだけ手前に戻るドローショットで、9番のシュートが楽になるように、そう思ってやや体を伸ばし、「いつものように」ショットしたつもりだった。
     
     
     カッという音がして、タップが手球を捉えきれずにジャンプした。ミスキューによって手球は思わぬ軌道を辿り、8番ボールをポケットとは違う方向に弾き飛ばした。
     織田はそのショットを激しく後悔し、握り拳でテーブルを叩こうとしてその拳に込めた力を緩めた。一瞬でもカッとしてしまったが、ビリヤードは紳士のスポーツだからだ。
     
     
     肩を落として椅子の方に戻ろうとする織田の肩をそっと叩いたのは酒井だった。
     「気にするな。責任の半分はオレにもあるんだから」


     残り2球を目の前にして、龍は髪の毛をクシャクシャとかき乱す仕草をしていた。
     「弱ったな、どうするか」
     次は佐倉の順番だ。しかもたったの2球とは言え、決して簡単とは言えない配置だったのである。


     

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        -- あらすじ --
        この物語は、主人公−佐倉がビリヤードを通じて様々な人と出会い、成長する様を描いていきます。 大学に通う一年生の佐倉は、同じ京都で間借りしている部屋の大家を通じ、ビリヤード場で働くことになります。人と接することが苦手で、自分の殻にこもっている彼女の心を、店の常連客らが徐々に開いていきます。 アットホームな雰囲気、厳しい先輩プレイヤーやプロの存在によって彼女の心境が変化していき、本格的なプレイヤーに成長していきます。やがてビリヤードがなくてはならない存在になり・・・。 序章で見せた佐倉の涙の意味するものはいったい・・・? これから始まるビリヤードのドラマに、しばしのお時間お付き合いください。

        -グーバーウォーク-



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