レース・トゥ・イレブン 〜 毎週火曜日連載・ビリヤードの長編連載小説です 〜
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    第43話 狂わされた機械
    JUGEMテーマ:連載

     

     にやけ顔の男は織田という。酒井はえんじ色の、織田はダークグリーンのベストを着ていて、背中の真ん中には金色の糸で「球聖塾」と大きく店の名前が、そして二人の名字がローマ字の白い糸で刺繍されている。
     球聖塾では一軍がえんじ色、二軍がダークグリーンのベストを羽織れるようになっているそうだ。そしてそれ以下の選手はペストを着ることができず、店の名前で試合に出場することが許されないという、いわば道場のようなものである。

     二色のベストの二人がそれぞれのキューを持って立ち、間近でささやき合っていた。
     
     「兄さん、気にしすぎちゃいます?」と織田は言った。
     織田は楽天的な性格のシューターで、ビリヤード歴の近い酒井にはほぼため口をきく。
     「そうだといいが・・・」酒井は腑に落ちない様子だったが、ひとまずパートナーの織田の意見を聞くことにした。
     


      それに対して、佐倉と龍のペアはファイナルを楽しんでいるように見えた。しかし、佐倉の疲労はすでに無視できないものになっていた。慣れない緊張感の連続で、自分でも気付かないほどに気力や体力を使い果たしていたのである。

     龍は当然のこととして佐倉の疲労に気付いていた。龍はその経験からスタミナをコントロールすることには長けていたが、自分のショットだけでなく、佐倉がシュートしやすい位置に常にポジションをコントロールすることに細心の注意を払い続けていたし、彼とて例外なく疲労を蓄積してきたのである。
     
     
     「カッ」という音がして、珍しく龍がシュートミスをしてしまった。キュー先にチョークが十分に塗られていなかったからか、ミスキューをしてしまったのである。
     「いけねっ」口元にヒゲを蓄えた龍が、舌を出して戯けて見せた。それを見た佐倉は微笑んだが、プロのショットミスでほんの少しだけ気持ちが楽になったような気がした。

     酒井のペアはややリードを保っていたが、ここへ来て回って来た球は不運にも遠い薄球である。ショットした龍の「太さ」が発揮されたというべきだろうか。
     それを織田がノータイムでカットして沈める。
     そして酒井が次の球をショットする場面であるが、珍しく時間をかけて狙いをつけていた。それほどの難球でもなく、イージーでもないような配置である。
     
     
     「酒井先輩、がんばってー」取り巻きの女子らが黄色い声援を浴びせていた。
     
     「兄がいらついてる」ゴスロリ少女、葵がそう呟いた。
     「えっ?」意外に思ったお嬢が葵と酒井の二人の顔を交互に見た。
     「兄はあまり顔に出ない方だけど、ほっぺがちょっとだけ赤くなってるの・・・。わかりにくいけど、怒ってるのよ」

     お嬢はなるほどと思って、酒井の表情がわずかに紅潮しているのを認めた。それ以外は全く普段と変わり無さそうに見えるのだが・・・。そして、ふと龍の方を見たときに、彼の口元がわずかに微笑んでいるような気がしたのである。

     酒井は、同じペアの織田と比べて、明らかにポジション重視の考え方だ。正確にシュートして、自分で決めたラインに忠実に手球をコントロールする。それがビリヤードのあるべき姿だと信じている。それに比べて織田のショットは大ざっぱで、自分の予測したポジションを突いてこない。酒井がいらつく原因はそのあたりだったのだろう。クールに見える外見とは裏腹に、酒井の心の中では何かがメラメラと燃えさかっていたのである。まるで彼の着ているえんじ色のベストのように。


     酒井が放ったショットは成功した。しかしポジションは満足なものとは言えず、ショット後に首をかしげる酒井。ふぅとため息をついていた。
     「もともと、オレは何でも入れる方やし、ポジションなんていらんねんって」とにやけながら慰める織田。
     「ああ、頼む」と静かに答える酒井。
     二人はこのセットを何とか取り切って、セット差をさらに広げたのだった。

     あと2セット取れば優勝、という次のラック。とうとう酒井のシュートミスが目立つようになってきた。
     「オレのフォーム、おかしくなってないか?」たまりかねて酒井が織田に尋ねた。
     「いや、いつもと全然同じやけど・・・」織田も酒井の異変にようやく気づき、本気で心配するようになってきたのである。


     順番が回ってきて、龍は佐倉に小声で呟いた。
     「さて、ここからは普通に行くとするか」
     「え?」意味がわからず、佐倉は首をかしげた。
     「つまり・・・、本気で行くっていうことさ」
     その言葉通り、龍は正確なシュートとポジションを極めていった。佐倉の方も的球をシュートすることに専念できて、わずかに残った気力を増大させてくれていた。
     二人のペアの気力の総量というものがあるとするなら、龍が振り絞った幾ばくかの気力を佐倉に分け与えていっているようなものだろうか。


     「そうか、くそっ」小さな声を発して立ち上がった酒井は、口を閉ざすと首を横に振りながら再び腰掛けた。にやけ顔の織田は、普段決して口にしない汚い言葉を発した酒井の方を、ビックリして振り返った。親指の爪を噛む酒井の表情にはわずかな怒りの表情が見て取れた。


     

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        -- あらすじ --
        この物語は、主人公−佐倉がビリヤードを通じて様々な人と出会い、成長する様を描いていきます。 大学に通う一年生の佐倉は、同じ京都で間借りしている部屋の大家を通じ、ビリヤード場で働くことになります。人と接することが苦手で、自分の殻にこもっている彼女の心を、店の常連客らが徐々に開いていきます。 アットホームな雰囲気、厳しい先輩プレイヤーやプロの存在によって彼女の心境が変化していき、本格的なプレイヤーに成長していきます。やがてビリヤードがなくてはならない存在になり・・・。 序章で見せた佐倉の涙の意味するものはいったい・・・? これから始まるビリヤードのドラマに、しばしのお時間お付き合いください。

        -グーバーウォーク-



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