第42話 決勝戦とゴスロリ少女
2011.09.20.Tue 07:00
「いよいよ決勝戦、最後まで頑張ってね!」
「初めての試合でここまでやるなんて、本当にたいしたもんだよ、マッタク」
お嬢と牛島が佐倉にエールを送る。
バーカウンターでスナック菓子をつまみながらオレンジジュースで喉を潤し、ギャラリーや敗退していった他のプレイヤーたちの視線をよそに、いっぱしの戦士のように背中に緊張感を纏いながらたたずんでいた。
周囲も彼女の活躍ぶりを少しずつ認めていた。
「プレイヤーとしての歴や技術が浅いんだろうが、それにしてもよく頑張っているなあ」
それが周囲の主立った評価だった。
もう一方の準決勝テーブルではようやく試合が終わり、予想通り、二枚目とにやついた男のペアが決勝に勝ち上がる。少しの休憩を挟んで、周囲が注目する、店内の真ん中のテーブルでの決勝戦がスタートした。
「これで何回目かしら?」佐倉は自分のバンキングの回数をふと振り返った。
初戦の緊張感とはまた違った緊張が彼女を襲いかけたが、彼女の方もその緊張とうまく付き合えるようになってきたというか、あるいは龍がちょっとした声をかけてきてくれて、いいバランスでゲームに挑むことができているのである。
その長身の男は切れ長な目と端正な面持ちで、取り巻きの女性ファンを虜にしていた。
「キミ、ビリヤード歴は浅いそうだけど、いい球を撞いているね」
「あ、はい、ありがとうございます」
落ち着いた優しい声でその男がそっと語りかけた。彼の名は酒井正人という。大阪の大学に通う3回生で、アマチュアの中でも伸び盛りな選手だ。
二人は揃って反対側の短クッションに向かってバンキングをする。佐倉のショットが手前の短クッションからわずかに離れると、後から酒井の撞いた球が短クッションにピタリと寄せた。彼らペアはこれまでもほとんどのバンキングに勝利している。ペアの相手選手は強烈なブレイクをしており、これが彼らの必勝パターンでもある。
「ほな、行くでえ」と中肉でややがっしりした体格の男が、ドカーン!という激しいブレイク音を炸裂させる。
そして酒井の精緻なショット、にやけ男の大ざっぱながらパワフルなショットの組み合わせであっさりとマスワリを取ってしまう。
そのプレイをじっくり見ている龍プロの目は険しく、椅子に座っていてさえオーラを発しているようだった。その鋭い目は瞬き一つしないで対戦相手のショットを見つめていた。
お嬢と牛島が隣のテーブル越しに試合を観戦していると、その輪の中に永沢プロも加わっていた。いつの間にかビリヤード仲間の輪が広がっていくのである。試合の妨げにならないように、ボソボソと感想を言い合っていたが、お嬢と牛島の二人は、永沢の的を射た解説に感心しきりで、徐々に彼の話しに聞き入ってしまうのである。
話しを聞きながら、ふと反対側の隣を見ると、一人の少女の存在に気付いたお嬢だった。
「あんな普通の子が、こんなに目立ってるなんて、変なの・・・」彼女は唐突にお嬢に話しかけた。
お嬢が彼女の方をよく見ると、黒を基調としたフリルだらけのワンピースに、黒く美しいツインテールと大きなリボン、フランス人形のように白い肌で目にはくっきりとしたアイラインの、まさにゴスロリファッションの少女がそこにいたのである。
「あなた、あの酒井さんの取り巻きの人?」少々失礼とも思いながら、お嬢は問いただした。
「ううん、あたしは兄に変な虫が付かないように見張ってるの」とさらりと答える。
お嬢は「ふうん」と言いながら、その取り巻きの方をちらりと見た。
「でも、ここに来て思ったけど、兄の目に敵う人なんていなくて安心したわ」
さらっと毒を吐いてのける彼女の名は酒井葵という。まだ中学3年生だ。
その無機質な口調といい、さらっと吐いてのける毒といい、お嬢はちょっと彼女が苦手に思えてきた。そして、彼女こそが佐倉が感じた鋭い視線の主だったのである。
その佐倉は一所懸命にテーブルに向かっていた。ミスする場面もあったが、決勝戦らしくナイスショットには盛大な拍手が送られた。試合に場慣れした龍は伸び伸びとその腕をふるっていたし、ペアの相性としてはトップクラスを誇ったままだった。
佐倉がズバンと放ったショットは、クッションの角に当たってぐるりと周り、別のポケットに落ちてしまう。
「すみませんでした」と佐倉が深く頭を下げて謝ると、周囲のギャラリーも「アハハ」と沸いた。龍でもなく相手ペアでもなく、彼女に好感を持つギャラリーも徐々に増えていった。誰かが「がんばれー」というのが聞こえた。
「ビリヤードに興味があるの? それとも、佐倉さん?」お嬢は葵の目を見ながらに問いかけた。
葵は言葉に詰まった。少し考えて彼女は口を開いた。
「そうね、ビリヤードであの子を倒してみたい気持ちならあるかも」あまり抑揚のないしゃべり方だったので、お嬢も本気では捉えていなかった。
テーブル上では精密機械のような酒井がもう一人にこうささやいた。
「なんか、妙だ。自分でもわからない。変なんだ」