レース・トゥ・イレブン 〜 毎週火曜日連載・ビリヤードの長編連載小説です 〜
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    第40話 焼き肉か、立ち食いそば
    JUGEMテーマ:連載
     

     ドガーン!という、お嬢のブレイクに始まり、牛島とお嬢による息のあったペアは、じっくりと綿密な相談をしながらのプレイをスタートした。指示をするのはお嬢の方だが、牛島は自称「ビリヤード博士」の知識を総動員して戦略的に彼女をサポートしていた。
     息のあったペアではあるが、いかんせん牛島のシュート力がやや劣ることもあり、そうそううまく取り切ることができる訳でもない。そんなときには牛島のセーフティ・プレイの知識でこれまで切り抜けてきたのである。
     
     「ねえ、どうする?」お嬢は牛島に相談した。牛島の前のショットでポケットすることは出来たものの、次の的球の狙いが無いためである。お嬢は椅子に腰掛けている二人の方をちらりと見た。「もし順番を回すとすれば、次はプロの方ね・・・」
     しばらく思案していた牛島は頭に何かひらめいたようにレールの上を拳で軽く叩いた。
     「そうだ、あれにしよう」

      「あれって?」
     「あれって、つまり、あれさ。1996年にアール・ストリックランドとマジシャン、エフレン・レイズが香港で闘った120先のゲームで、ストリックランドがエフレンに対して仕掛けたセーフティの一つで・・・」
     そう言いかけたところでお嬢の言葉が続きを遮った。
     「もう、その続きは今度でいいからさ、どんなショットなのさ、短く言ってよ!」お嬢は少々短気である。
     「じゃあ、的球の右側の厚み95%で撞点は下のちょい右、的球は長、短、長、短ときてここに隠れるはず・・・」
     「ラジャー、ドクター!」
     「お、おう!」
     
     牛島の指示が良かったのか、お嬢はほぼ指示通りのショットを行った。結果、的球はほぼ予想していた位置に決まり、このチョイスが正しいかどうかの結果は龍プロのショットに委ねられたのである。
     
     椅子から立ち上がろうとする佐倉を制して、龍は一人でキューを持って立ち上がり、テーブルに向かった。アマチュアからの挑戦状を受けたプロとして、非礼のない最良のプレイで応じよう、そんな気持ちだったかも知れない。

     龍はぐるりとテーブルの周囲を回り、ボールのコースをクッション側からも確認する仕草をした。当てることは難しくない。しかし、これをさらに隠すとなるとかなりの正確さを必要とする。龍はこれまでの経験から、最良の選択を弾き出していた。


     椅子の方に戻ったお嬢はひそひそ声で牛島に確認した。
     「それで、そのセーフティはもちろん成功したんでしょうね?」
     「いや、それがあっさりとエフレンに返されてしまうんだな、これが・・・」
     「そんな大事な話しは先に言いなさいよ!」ひそひそ声ながら、お嬢はややキレ気味である。
     「だから最後まで話したかったんだよォ」そういう牛島も悪びれている様子はこれっぽっちもない。

     二人を見上げながら佐倉はクスクスと笑い出しそうだった。そんな真剣な会話をしていたのが女王様と犬の姿をしているのだから。

     龍がショットをした。クッションから入った手球は見事に的球をヒットし、クルクルとその場に回転する手球を残したまま、的球が軽く弾き飛ばされてクッションに当たり、さらにキツイ状態で他の球の陰に隠れてしまう。

     「あちゃー」と牛島は嘆いた。「これを返すなんてエフレンぐらいしかいないと思っていたのになあ」
     「それはプロに失礼じゃない!?」
     そう言うと今度は牛島の出番だったが、さすがにこれをセーフで返すことは出来なかった。


     ファールを宣告、佐倉がフリーボールを手にしてショットを行う。佐倉が入れて龍も続ける。そしてもう一度佐倉が9番ボールを沈めればこのセットを獲得する、というところであった。
     憧れのプレイヤーであるお嬢の視線が気になりだし、大きな緊張感が急激に佐倉を襲う。ギャラリーの多い1番テーブルで撞いていたときよりも遙かに大きなプレッシャーを感じ、このショットを外してしまったのだ。
     その残り球を牛島が決めて1対0とリードされてしまう。佐倉は落ち込んだ。


     「すみません」と佐倉は龍に謝った。次のラックがスタートし、お嬢らがプレイしているところを見ながら龍がまた話しかけた。
     「佐倉さん、焼き肉は好きか?」
     「はあ?」唐突にまったく関係ない質問をされ、佐倉は驚いた。
     「オレは特上カルビだな」
     「あたしは・・・タン塩・・・かな? レモンをぎゅって・・・。ってお腹減ってきちゃった」佐倉は龍につられて照れくさそうに言った。
     「オレたちは今ベスト4だ」また唐突に話題が変わり、佐倉はあっけにとられていると、さらにこう続けた。
     「優勝っていうのは焼き肉みたいなもんだ」
     「はあ・・・」
     「準優勝だと立ち食いそば」
     「ふん。じゃあ、3位は?」
     「3位ってのは、ビリヤードの世界ではあまりない。決勝トーナメントはシングルのことが多いからな、3位決定戦ってのはやらないもんなんだ」
     「うんうん」
     「だから3位だったら・・・、まあ水でも飲んで寝るぐらいかな」
     「っていうことは?」
     「当然、焼き肉だろう? 優勝して食いに行くぞ」
     「はい!」

     龍の話しの誘導が正しいかどうかはさておき、佐倉の気分はうまくコントロールされたようである。そして今度はお嬢のシュートミスから彼らに順番が回ってくるのであった。


     

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        -- あらすじ --
        この物語は、主人公−佐倉がビリヤードを通じて様々な人と出会い、成長する様を描いていきます。 大学に通う一年生の佐倉は、同じ京都で間借りしている部屋の大家を通じ、ビリヤード場で働くことになります。人と接することが苦手で、自分の殻にこもっている彼女の心を、店の常連客らが徐々に開いていきます。 アットホームな雰囲気、厳しい先輩プレイヤーやプロの存在によって彼女の心境が変化していき、本格的なプレイヤーに成長していきます。やがてビリヤードがなくてはならない存在になり・・・。 序章で見せた佐倉の涙の意味するものはいったい・・・? これから始まるビリヤードのドラマに、しばしのお時間お付き合いください。

        -グーバーウォーク-



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