レース・トゥ・イレブン 〜 毎週火曜日連載・ビリヤードの長編連載小説です 〜
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    第38話 1番テーブル
    JUGEMテーマ:連載
     

     「えっ?ここでやるの?」佐倉は目を疑った。
     「ああ、一番注目される特等席さ」龍プロはにっこりと微笑んだ。
     
     1番テーブル、それはもっともギャラリーが密集している一番手前のテーブルに位置している。テーブルを取り囲む2つの辺を、さらに多くの観客が取り囲む。多くの視線を感じながら正確なショットをしなければならない。
     
     「む、無理です、あたし、こんな場所で・・・」と後ずさりしようとしていた佐倉を龍はやさしく受け止める。
     「大丈夫。観客が見たいのはオレのショットだから、佐倉さんはとにかくテーブルに集中してくれればそれでいい」
     
     手が震えるのを感じながら何とかバンキングをすることができた。相手ペアもアマチュア選手の方がバンキングをしたが、慣れた様子で堂々とショットをした。しかし、手前のクッションに近かったのは佐倉の方だった。

      ラックを組み終わると、龍はいつもより派手なアクションでドカン!とブレイクショットを放つ。観客は「おお」と声を上げて注目する。
     佐倉は自分の撞き番でショットをしようとし、何かアドバイスを得ようと龍の方を振り返った。
     
     「狙いはココ。外してもいいから思い切ってキューを出してショットすること。いいね?」
     外してもいい、という言葉に違和感を感じたが、佐倉はそれでも的球をポケットしようと一所懸命に狙いを定め、そしてキューをできるだけ出すように思い切ってショットした。
     
     手球が的球に衝突して、的球はあさっての方へ。
     「それでいい」と肩をポンと叩く龍に佐倉は戸惑った。
     「ああ」という周囲のため息を聞きながら、二人はそのまま席の方に戻って腰をかけた。
     
     対して、相手ペアの方は上手いプレイで息も合っていた。アマチュア選手同士で比較しても、相手選手の方が圧倒的に上手い、と佐倉は感じた。相手プロの永沢選手がキュー先で指示したところに、アマチュアの藤木選手が手球をコントロールして止める。まるでプロが二人いるようにも感じる。
     
     あっという間に相手ペアがマスワリを含めて3連取してしまう。
     
     「こんな相手に勝てる訳なんてない」そう佐倉が思い始めていた頃、それまであごに手をやりながら黙っていた龍プロが呟いた。
     「あいつ、注意してやらないのかね・・・」
     「えっ!?」何のことかわからず、佐倉が龍に問いかける。
     「あのアマチュアの方の選手、さっきから狙いが徐々に左にずれかけてる」
     そう言われ、佐倉も彼のショットに注意を払う。
     「あれは・・・緊張のせいか、体がちょっと前のめりになってショットのタイミングが狂ってるんだ。教えてあげりゃいいのに」
     
     
     そうした龍の観察が予言となって的中してしまったのだろうか、徐々に相手プレイヤーたちが首をかしげるようになり、とうとうショットがポケットを捉えずに弾いてしまった。
     
     「よし」と龍が言うや否や、佐倉も同時に立ち上がっていよいよ反撃である。
     ずいぶん長い間椅子に座らされていたのだが、佐倉のミスで終わったので次は龍プロの出番、しかも難球である。
     ゆっくりと肩を回し暖め、入念にチョークを塗って構えに入った龍プロは、素早くキューをしごき、カン!という甲高い音をさせたかと思うと手球に鋭いバックスピンをかけ、的球をポケット、さらに大きな弧を描くように手球がカーブして邪魔なボールを避けるように突き進み、クッションに2回ほど当たって次の球へのポジションを見事に決めた。
     これにはギャラリーも大喜びで拍手で応じた。
     
     佐倉は不思議とそれまでの緊張感よりも、今のショットで気持ちが高揚し、ドキドキしながらも体が熱くなるのを感じた。言い換えればこの場に自分というプレイヤーが存在することをアピールしたくてしょうがないような、そんな気持ちである。
     ギャラリーの騒々しさとは別の、集中した世界にビリヤードテーブルが色鮮やかに見え、タップが手球と接触する点、手球と的球がぶつかるポイントがクリアに見える世界。そして龍のアドバイスや必要な情報だけが脳にインプットされていく状態。

     龍の指示に従って、体がスッと滑らかに動き、キューを振る腕も重さだけでストレスなく流れるように動く、そんな感触を味わった。頭の中でイメージしたボールの動きが寸分違わぬ精度で、今、目の前で再現されていく。

     「ナイスショット!」という龍の声がはっきりと耳に伝わり、そうしている時間が過ぎていくうちに1つのセットを返していた。
     気がつけば佐倉のショットにも拍手が送られていた。


     そんな心地よい感覚が強まっては弱まり、それを繰り返していくうちにセット数は逆転していた。

     佐倉のミスによって相手に順番が渡ると、今度は相手ペアの方が調子を崩し始める。特にアマチュア選手の方は、プロとペアを組んでいることで逆にプレッシャーを感じたり、ショットがうまくいかないことに焦りを感じ始めていた。さらに多くのギャラリーに囲まれていることも追い打ちをかけた。
     「あれぐらい入れれるやろ」
     「はい、すいません」と肩を落とすアマチュア選手。

     展開はもつれ、それでも永沢プロがシュート力とポジション力においてアマチュア選手をカバーしようと懸命のプレイをする。
     それは佐倉でもシュートすることができるような球だったかも知れない。短い距離のほぼ真っ直ぐに近い球を藤木が外す。
     「こんな球ぐらい入れなアカンで!」と永沢プロが嘲るように言い放った。
     「ホントにすんません」藤木は自分のショットを激しく悔いた。
     
     一方の佐倉と龍はそんなプレイをよそに、テーブルに集中していた。佐倉も初心者にしてはキューを出した伸び伸びとしたプレイを繰り広げる。それに対して龍も抜群のポジション力で彼女の弱点をカバーする。そうこうするうちに彼らは先にリーチを迎える。
     
     
     ラックを組んでいる様子を見ていた永沢プロが、ふとしたことを思い、藤木に聞こえるように小声でささやいた。
     「なあ、オレが間違ってたんかもな」
     「・・・」すっかりしょげていた藤木は顔を上げた。
     「あいつ、初心者のくせに、よー入れよる。」
     「はあ」自分の不甲斐なさに落ち込む藤木。
     「龍のやつ、顔の向きが違うことまでアドバイスしよるねん。オレ、藤木君になんもアドバイスしてへんかったんちゃうか」
     藤木は無言だった。
     
     
     そうして龍のミスがあり、再び彼らに順番が訪れた。
     「なあ、オレたちペアも頑張ろうや。オレ、引っ張るさかいに、ついてこいよ」永沢プロが初めて藤木に微笑んで見せた。
     「はい!」そう言うと藤木はスッと背筋を伸ばしてテーブルに向かった。
     
     彼らは奮闘して1つのセットを返したものの先にリードしていた佐倉たちには敵わず、この試合で敗退となった。
     
     
     試合後に永沢は龍に握手を求めた。
     「なんか、すまんかった。今回は勉強させてもろたわ」と照れくさそうに言った。
     「ああ」龍はそれだけ答えた。終盤のプレイに思うところがあったのだろうか。
     そして永沢は佐倉にも握手を求めた。
     「姉ちゃん、よう撞けてたわ。頑張っていい選手に育ってや!」
     佐倉にとってはすごく印象が悪い選手だったのに、この一言で一変した。
     「はい、頑張ります」
     
     
     そうして敗者はキューを畳み、龍と佐倉は次の試合に向けてつかの間の休息を取るのであった。
     

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        -- あらすじ --
        この物語は、主人公−佐倉がビリヤードを通じて様々な人と出会い、成長する様を描いていきます。 大学に通う一年生の佐倉は、同じ京都で間借りしている部屋の大家を通じ、ビリヤード場で働くことになります。人と接することが苦手で、自分の殻にこもっている彼女の心を、店の常連客らが徐々に開いていきます。 アットホームな雰囲気、厳しい先輩プレイヤーやプロの存在によって彼女の心境が変化していき、本格的なプレイヤーに成長していきます。やがてビリヤードがなくてはならない存在になり・・・。 序章で見せた佐倉の涙の意味するものはいったい・・・? これから始まるビリヤードのドラマに、しばしのお時間お付き合いください。

        -グーバーウォーク-



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