レース・トゥ・イレブン 〜 毎週火曜日連載・ビリヤードの長編連載小説です 〜
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    第36話 痛恨のファール
    JUGEMテーマ:連載
     
     「お嬢や佐倉さんたち、今頃どうだろうねェ?」浅めの湯飲みに急須から番茶を注ぎ、最後の一滴を振り絞ろうとしながら堀川のマスターはこう話しかけた。相手は大家こと相田である。
     カウンター越しに椅子に腰掛けた大家がそれに答える。
     「さあ、あのプロがいるから頑張るんじゃないかね?」

      しばらくの沈黙が続き、黙っているのが苦手なマスターはどうしても何か話しかけないと気が治まらない様子だ。
     「それにしても、あのキューだけどさ」
     「うん? ああ、あれね」
     「ケチで有名な大家がよくぞあの子にあげたなぁってんで」
     「お金取っときゃよかったかい? そうかもねぇ・・・」
     「それもそうだし、いつも芝キューの大家がよくあんなきれいなキューを持っていたもんだと」
     「ああ、あれには・・・」そう言うと煎れてもらった番茶をすすった。
     「あれはちょっと変わったキューなのさ」
     「ほほお」
     
     マスターはあれこれ聞き出そうとするが、大家があまり乗ってこないので話題を変えた。
     「それにしてもうちから試合に出て行ってくれるなんざ、あの子たちもちょっと楽しみやね」
     これには大家も目尻にしわが寄るぐらいの笑みを見せ、黙って頷いた。
     「これで店が繁盛していたら言うことないんだけどなぁ。」
     「なら、そんなところでしゃべってないで、店の中、外、きれいに掃除でもしたらどうだい? うちの預かってる飲食店でも、暇なときほど忙しくやってるもんだけどね!」
     とんだとばっちりとも思ったマスターだったが、彼らが試合を終えて気持ち良く球を撞けるようにと思うと、重い腰を上げて
     「ああ、今日はそうすることにするよ」とぞうきんやらバケツを取りに行った。
     

     龍・佐倉ペアの試合は少し進み、3対4にまで追いついた。どちらもあと1セット取ればこのゲームに勝つことになる。リーチ・リーチの状態、ビリヤードの世界ではヒルヒルとも言う。
     マスワリで勢いに乗りたかった龍・佐倉ペアの方もなかなか軌道には乗れず、しかしながら相手のミスもあり、緊迫した状態で向かえた最終ラックは佐倉のブレイクで始まった。

     サイドレールからのブレイクをする佐倉。しかし緊張のあまりタイミングが合わず、まさかのミスキューをしてしまう。手球は1番とは全く違う方向へ行き、どの球にも当たらずに戻ってきた。
     ファールの宣告となり、相手のブレイクにチェンジである。
     ここまで連取で追いつかれてしまった相手チームの方も、このセットはなんとしても取っておきたいところ、ブレイクで2個インの状態から順調に的球をポケットしていく。

     しかし、6番でシュートミスしてしまい、龍の番である。難球であるが、何とかこれをバンクショットで決め、ポジションも比較的好位置につける。ここで佐倉の出番だ。身長が低めの佐倉は、ちょっとテーブルの奥まで手を伸ばさなければならない。足をめいっぱい伸ばし、ストップショットの撞点に向かってキューを構える。
     厚みは難しくなかった。それはちょうどショットをしようとした瞬間だった。

     「ファール!」
     相手チームの男性が叫んだ。
     一瞬何のことかわからず、キューを構えたまま静止した佐倉がその声の主の方を振り返ると、自分のお腹の方を指さしている。
     佐倉がゆっくりと上体を起こしながら下を見ると、白いブラウスの一部が8番ボールに触れていた。
     
     「ごめんなさい」
     佐倉は相手チームの二人と龍プロに深々と頭を下げて自席の方に引っ込んで行ってしまった。顔を赤らめ、涙が出そうになった。
     フリーボールをもらった相手チームはその残り球をテンポよく撞ききり、このゲームを制した。
     
     龍と佐倉のチームは負けてしまった。
     佐倉は何とも悲しい気持ちになってしまった。自分のミスで負けてしまったことを後悔した。
     
     龍は言った。「こればかりはプロの試合でもあるぐらいだから、あまり気にしなくていいんだ」
     「はい、でも・・・」
     「なーに、まだ敗者側がある。そこから勝ち上がればいいさ」優しく慰める龍の言葉に佐倉は驚いた。
     「敗者側? え? まだ試合ができるんですか?」
     「ああ、もちろん!」
     
     ビリヤードの試合では、ダブルイリミネーションという予選トーナメント方式がよく使われている。この試合もそうであった。
     二度負けるまでは予選トーナメントを戦い続けることができるシステムである。佐倉はこのことを知らなかったのであるが、しかしまだ終わりではない。まだ闘うことができる。
     
     
     初戦を負けで終えた二人が向かった観戦ゾーンには、二人の試合を見ていた女王様、そして首輪を鎖で繋がれた犬がキューケースを担いで待っていた。
     

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      | 第二章 はじめての試合 | -
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        -- あらすじ --
        この物語は、主人公−佐倉がビリヤードを通じて様々な人と出会い、成長する様を描いていきます。 大学に通う一年生の佐倉は、同じ京都で間借りしている部屋の大家を通じ、ビリヤード場で働くことになります。人と接することが苦手で、自分の殻にこもっている彼女の心を、店の常連客らが徐々に開いていきます。 アットホームな雰囲気、厳しい先輩プレイヤーやプロの存在によって彼女の心境が変化していき、本格的なプレイヤーに成長していきます。やがてビリヤードがなくてはならない存在になり・・・。 序章で見せた佐倉の涙の意味するものはいったい・・・? これから始まるビリヤードのドラマに、しばしのお時間お付き合いください。

        -グーバーウォーク-



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