レース・トゥ・イレブン 〜 毎週火曜日連載・ビリヤードの長編連載小説です 〜
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    第30話 新パートナー
    JUGEMテーマ:連載


      「本当はね、こういうストイックな練習より、もっとビリヤードを楽しんで欲しいんだけどなあ。」佐倉の練習風景を見ていて、そう漏らしたのは石黒だった。
     (ビリヤードってのはもっと楽しくワイワイするもんだろう。こんなに練習ばかりで嫌になったりしないだろうか?)という点で、彼は彼女のことを心配していた。だから、ときにおもしろおかしく会話を交えることで、彼なりのサポートを続けるのだった。
     

      佐倉のひたむきな練習風景は、すっかりこのビリヤード場に定着してきている。練習の甲斐あって、彼女のフォームもすっかりサマになっていて、ちょっと離れた的球でも、スパーン!という快音を響かせている。まだまだ荒削りでポジショニングや実戦経験に不安が残るが、このショットを見ているとしっかりした基礎ができつつあることが伺える。
     佐倉本人は、女性としても憧れの存在、お嬢の練習風景をさんざん見ていたものだから、これが普通だと思い、特に不満にも思わなかったし、彼女のキューを借りて撞いたときの、あの”澄んだ音”にどうしても近づけたくて、そのためにはちょっとした努力は厭わないぐらいの心づもりだったのだ。


     ある日、牛島が1本の筒を持って店に現れた。その筒とはキューケースである。試合に出る以上はキューも持ち運ぶ必要があり、牛島が予備に持っているキューケースを佐倉に貸そうと思って持ってきたのだ。
     ところが彼女のキューを2本に分解しようとしてなかなかネジが緩まない。牛島と石黒の大の男が二人がかりでもピクリともしない。「こりゃダメだなあ。さすがに真っ直ぐのまま持ち運ぶ訳にもいかないし。」と途方に暮れていると、たまたま居合わせた大家が佐倉を呼んだ。
     
     「佐倉さん、ちょっとおいで。」大家はマスターに「ちょっと借りるよ。」と言い残すと店を後にした。
     
     二人が向かったのは大家の家である。ビリヤード場から歩いて行ける近くであるが、広さはビリヤード場と比べものにならないぐらいに広い。表の木戸を開け、中に入ると広くて薄暗い庭を通り過ぎて納屋へ。白塗りの壁をぐるりと回り込んで入り口の戸を開くと、大家は明かりを点けた。外からは全くうかがい知れないその納屋の、その真ん中にはちょっと古めかしいビリヤード台が1台、ドンと腰を据えている。
     四面を壁で囲まれて、周りには調度品のようなものはあまりなく、物置のようでいて、ビリヤードをプレイするには十分な空間が残されていた。
     少しひんやりとした室内でやはり目にとまるのはビリヤード台。佐倉は思わず「へえ〜」と感心した。納屋の中は雑然としているが、ビリヤード台はきれいに清掃されていて、ラシャの上には塵一つ落ちていそうにない。大きな壺に何本かのキューが立てかけられていて、今もそれらが現役であることがうかがい知れる。

     佐倉がきょろきょろと納屋に置かれた諸々に目を奪われていると、大家が段ボール箱を引っ張り出し、「ちょっと手伝ってくれない?」と佐倉に助けを求めた。
     段ボール箱を床におろして埃を払うと箱の中から黒く長い木箱のようなものが出てきた。
     
     「開けてごらん。」大家は彼女にその木箱を手渡す。2カ所のパチン錠を外して蓋を開けると、赤いビロード生地のクッションの上に、新品と見紛うぐらいきれいなキューが2本に分割されて収められていた。
     「うわあ!」彼女は目を輝かせるようにしてそのキューを見つめた。あまり派手ではない、シンプルな剣ハギのキューで、白い糸巻き部分も真新しく、きっとほとんど使われていなかったのだろう。

     「もし、これからも頑張るんだったら、これ、あげるよ。どうする?」
     (どうするも・・・)というのが佐倉の本音だった。道具のことはよくわからないが、こんなキューを手にしたら、きっともっと自分の道具を好きになれるだろう。答えは決まっていた。
     「ちょっと試してみていいですか?」と問いかける佐倉に、大家は優しく微笑みかけた。

     ジョイントキャップを丁寧に外してケースの中に、無くさないようにそっと仕舞い込んで、キューをジョイント部分で組み合わせる。ネジの擦れる音がキュッキュッと鳴りながら、最後の一締めで一本に繋がる感触が手に伝わる。
     テーブルからいくつかのボールを取り出し、手球に向かって構えながらキューをしごくと普段と違った感覚が彼女を待っていた。
     
     「何か、ちょっと軽い感じ? なんとなくこう、振りやすいし、よくわからないけど・・・。」
     「ああ、このキューは女性向けに扱いやすいようにちょっと加工されてんのさ。」

     試しに撞いてみると、コーンという少し柔らかい音。練習で使っていたハウスキューとは格段に違い、耳障りが良くて、優しい感じの音がする。初心者の彼女にキューの善し悪しはもちろんわからないのだが、グリップもやや細くて、何となく直感的に「扱いやすいキュー」ということだけはよくわかった。
     
     「本当に頂いていいんですか?」キューの値段もわからないし、不安げに佐倉が聞くと、
     「ああ。ここに置いといても眠ってるだけだからね。家賃の滞納もないし、サービスしとくよ。」と言っては「おほほほ。」と高笑いしている。
     「ありがとうございます。」髪の毛が全部前に放り出されるぐらい、深々とお辞儀をしてキューを丁寧にケースに仕舞い込んだ。


     納屋を後にしてビリヤード場に向かいながら、佐倉は(家にビリヤード台があるのに、どうしてお店にも行くのだろう?)と不思議に思っていた。まだまだ大家のことは知らないことが多い。
     しかし、マイキューを携えて歩く道中、彼女は気分は明らかに高揚していた。これから共に闘う大切なパートナー、マイキュー。ほんのわずかな違いのようかも知れないが、本格的プレイヤーへの第一歩を歩み始めた記念すべき日である。

     

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      | 第一章 ビリヤード場へようこそ | -
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        -- あらすじ --
        この物語は、主人公−佐倉がビリヤードを通じて様々な人と出会い、成長する様を描いていきます。 大学に通う一年生の佐倉は、同じ京都で間借りしている部屋の大家を通じ、ビリヤード場で働くことになります。人と接することが苦手で、自分の殻にこもっている彼女の心を、店の常連客らが徐々に開いていきます。 アットホームな雰囲気、厳しい先輩プレイヤーやプロの存在によって彼女の心境が変化していき、本格的なプレイヤーに成長していきます。やがてビリヤードがなくてはならない存在になり・・・。 序章で見せた佐倉の涙の意味するものはいったい・・・? これから始まるビリヤードのドラマに、しばしのお時間お付き合いください。

        -グーバーウォーク-



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