レース・トゥ・イレブン 〜 毎週火曜日連載・ビリヤードの長編連載小説です 〜
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    第27話 ゲームボール
    JUGEMテーマ:連載
     「あたしにはよくわからないけど・・・」佐倉がお嬢の方を振り向いてそう呟くと、お嬢も「ん?」と佐倉の顔をのぞき込む。「非力な女の子でも、ひょっとして・・・力の強い男子に勝てちゃったりするのかな?」とワクワクした期待に満ちた表情で問いかけた。  「うん、十分にあると思うよ。」そう返したお嬢の顔は優しさに満ちていた。「ただ、この二人はすごく高い次元で勝負してるし、あたしたちがこの域までくるのは大変だと思うけど・・・。」「ふーん。」  どれだけ大変なことかは別にして、大家のプレイは力が抜けている感じがして、いかにも「簡単そうに」それをやってのけるので、見ている方が「できそう」と思っても無理もないだろう。

     マスターと自称ビリヤード博士の牛島、世話焼きの石黒は3人が並んで観戦していた。この局面を龍プロがどのようにして切り抜けるのか、黙ってはいるものの、頭の中では同様に闘っていたのだ。  ポケットの中に残った手球。クッションに挟まれた空間は手球の行き先を大きく制限している。その上立てキューでカーブが生じやすく、ショットを狂わせやすい。コンビネーションやキャノンの即死が見つかれば幸いだが、空クッションからの狙いも含めて存在しない。  しばらく考えた後、龍プロはやはり「セーフティ」を選択した。キューを少し立て、的球の密集したあたりに向かって構える。構えだしてからショットの瞬間まではさほど時間を要しなかった。軽くキューをしごいて間合いを取ると、コン!という音を立ててキュー先が振り下ろされた。  軽やかに弾き出された手球は、それと気付かないほどのごくわずかな低空ジャンプをし、的球にぶつかると、その先の的球が勢いよくヘッド側に飛び出した。手球と最初に当たった的球は数ミリの間を開けて静止し、他の球に取り囲まれる状況となる。  大胆なショットに周囲は思わず拍手をした。ジャンプの必要性はともかく、状況としては龍の想像していたイメージにかなり近かったようである。  次に立ち上がった大家は「うーん。」と唸った。今日のこの対戦で、彼女がそんな表情を見せるのは初めてのことだった。観客も同様に「うーん。」と頭を悩ませる。もはや観客とプレイヤーは一体となってこの勝負の行方を見守っている。  大家も引き続いてセーフティを選択する。他の球を使ってクッションさせ、さらに手球をクラスタの奥深くへと埋め込んでいく。弾き出された手球はだんだんとヘッド側へ運ばれていき、ポケットインの選択肢が増えていく。一方、手球はクラスタの中に鎮座していて、相手から狙い目を奪うだけでなく、相手のセーフティミスがすなわち自分の連続ポイントへの足がかりになるように様相を変えていくのだ。二人にとって予断を許さない緊張の場面が過酷さを増していく。  龍プロはやはり緊張度を増していた。さっきのセーフティより格段に自由度は奪われ、ミスが許されない状況にあり、次のセーフティが中途半端なものであれば、確実に流れを持って行かれるだろう。「さっきのセーフティが甘かったのか・・・」  今度は二度撞きを巧みに避けながら、クッションを絶妙に使ってのセーフティーを決める。  6番ボールが手球にタッチした状態で圧倒的に自由度を奪うセーフティ。これを大家がどう返すのか、龍プロも周囲も注目する。さらにこの6番をわずかにかすめて手球をヘッド側に運ぶ大家。手球はヘッドレールの土手付近に止まり、これも素晴らしい技術と言えるが、龍プロにとってはポケットすることができる狙い球ができた格好となり、多少撞きづらくて遠い球ではあるが、絶好のチャンス到来である。これで流れが決まったかと思われた。  龍プロは慎重に何度もストロークし、完全に攻めの姿勢でショットを放つ。普段なら全く難しいと思わない球である。しかし、繊細なセーフティの後のショットで知らず知らずのうちに力が入ってしまい、わずかにずれたショットの方向が無情にも的球をポケットから弾いてしまう。龍プロはキューを上から大きく振り下ろし、ショットミスを全身で悔やんだ。  観客からは大きなため息が漏れ、テーブル上の球の配置は、攻めに失敗した龍プロに対してあまりにも大きな代償を与えてしまった。  テーブル上の配置のトラブルが減っていくと、大家は非常に安定したリズムとストロークで次々と的球をポケットしていく。次のラック、さらに次のラックへとまたいでいくに従い、まるで普段、自宅で練習してるのと変わりないように、ポケットを重ねていく。  狙っている先に、椅子に腰掛けた龍プロの視線を感じようとお構いなしといった感じで、あくまでも自分のプレイに終始しているように見える。  そのプレイを見守りながら、龍は心の中でいろいろなことに思いを巡らせていた。一見地味に見えるが、非常に細かな撞点を絶妙に使い分けながら、すべてを見通しているのか、それとも全く何も考えていないのか・・・。もし次に順番が回ってくれば、今度こそ悔いの残らないプレイをしたい、そう思っていたのだが・・・。  最終ラックを迎え、ついにその番は巡ってこなかった。「ゲームボール」とマスターが宣告すると、誰の目にも外しそうにない配置だったため、龍プロの方から大家に歩み寄り、「ありがとうございました。」と握手を求めた。  その握手に応じる大家は一言「お疲れさんだったね。」というと、龍は「相田さんの繊細な手球コントロールには見習うべきところがたくさんありました。」そう伝えると、意外にも大家の口から出たのは「あんたさ、ただの練習不足じゃない?」というものだった。  龍プロは手洗いに行き、水色の小さなタイルが敷き詰められた古くさい洗面所で手と顔を洗い、頭を冷やした。鏡に映った、びしょ濡れの自分の顔を見つめながら自問自答する龍プロ。  「確かにオレ自身、毎日球を撞いてはいるものの、ここのところまとまった時間を練習に割くことができていなかったかも知れない。それに比べて、彼女は毎日14−1を練習していると言う。短にオレが14−1というゲームに不慣れだっただけの差だろうか。たとえそうだったとしても、プロがアマチュアに簡単に負けるわけにはいかない。」  両の手で頬をパン!と叩くと、タオルで顔の水分を拭い、髪をセットし直してカウンターの方へと戻っていく。  「さて」と言うと皆が一斉に注目した。「ベンツも逃したことだし、誰だっけ? 佐倉さん? その佐倉さんにビリヤードを教える約束だから覚悟しといてくれ。」  「え? あたし?」と佐倉が自分を指さして言うと、「そうだ。アレに出るぞ。」と近々行われるペアマッチの募集要項を指さした。  「いきなり試合なんて無理です〜。」という佐倉の主張は全く聞き入れられなかった。このときの龍プロはかなりてきぱきとしていた。  テーブル上に手球と的球をセットすると、いくつかの見本を見せ、「こんな感じで、ストップショットだけできるようになっててくれ。1ヶ月後にまた来るからそのときまでにできていること。」と随分乱暴な指導である。「あとわからないことは、その辺の常連に聞いてくれ。」  そう言い残すとキューを片付け、場代を置いてさっさと店を後にした。大阪で開かれる試合の前に、少しでも練習をしようと思ったのである。  「せっかちなプロだなあ。」とマスターは笑いながら言うと、周りの皆も笑っていた。そして店は普段の様相を取り戻したが、常連たちが大家を見る目はこの日を境に大きく変わっていくのである。  佐倉は大家から返してもらった自分のキューを丁寧に乾拭きすると、「このキューも頑張ってくれたんだ。」と内心にやにやしながら大切にそっとキューラックに仕舞うのだった。
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        -- あらすじ --
        この物語は、主人公−佐倉がビリヤードを通じて様々な人と出会い、成長する様を描いていきます。 大学に通う一年生の佐倉は、同じ京都で間借りしている部屋の大家を通じ、ビリヤード場で働くことになります。人と接することが苦手で、自分の殻にこもっている彼女の心を、店の常連客らが徐々に開いていきます。 アットホームな雰囲気、厳しい先輩プレイヤーやプロの存在によって彼女の心境が変化していき、本格的なプレイヤーに成長していきます。やがてビリヤードがなくてはならない存在になり・・・。 序章で見せた佐倉の涙の意味するものはいったい・・・? これから始まるビリヤードのドラマに、しばしのお時間お付き合いください。

        -グーバーウォーク-



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