レース・トゥ・イレブン 〜 毎週火曜日連載・ビリヤードの長編連載小説です 〜
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    第26話 インクレディブル・ショット
    JUGEMテーマ:連載


      テーブル上のボールの配置が単調なものだったら、ビリヤードはもっと退屈なものだったかも知れない。確かにビリヤードにも定石のような配置、サッカーで言うところのセットポジションのような配置はあるが、たいていの局面においては無限と言っていいほどの配置の組み合わせがあり、プレイヤーはその配置にその場で適応しなければならない。ときに運が試合の流れを左右し、プレイヤーの精神力を削ることさえあるが、それに打ち勝たなければ勝利を得ることは難しいかも知れない。

      レフェリーを務めるマスターがラックを組み終わり、大家がブレイクボールをポケットする。的球に当たった手球は勢いよくラックに衝突するが、ゴツッというやや鈍い音を立てたと思ったら思いの外、ラックが崩れずに大きなクラスタができてしまった。

     佐倉やお嬢がいるカウンターに近づいて椅子に腰を下ろしたマスターが、「あ、組めてねえや。」とボソッとつぶやくと、二人はマスターの方を振り返って「えっ?」と驚いた表情を見せる。「まあ、いいや。」と薄笑いを浮かべるマスター。

     異変を異変とも感じていないような表情の大家は、しばらくフットスポット付近に集まった球の固まりを、いろんな角度からチェックしていた。いわゆる「即死」の球、ポケットに通った球などを入念に確認する。
     そうして最初のショットの構えに入った。幸い、フットレール側の端っこの球はポケットに通っているが、非常に薄いカット球でコントロールが難しい。クラスタを割に行くことは至難の業で、それを巧みな殺し球でつなげようとする。

     緊張する場面が続く。わずか数ミリでも手球のコントロールにミスがあると、その後の展開に大きな影響を及ぼす恐れがある。このとき、大家の頭の中にはラシャの織り目や表面の毛羽立ち、ボール表面の汚れすらイメージされていた。外見からは想像できないほどの凄まじい集中力、今現在までのプレイの経験が、この難局にあってさらなる集中力を呼び起こしたのかも知れない。

     的球をポケットして点数を加えると、次のショットはセーフティを選択した。「セーフティ」とコールすると、龍プロの方はいよいよ自分の番が回ってくると、心の中で身構えた。

     周囲の観客も、どのようなセーフティをするのかに関心があって見守っていた。このときの大家の動作は比較的機敏だった。その前のショットから次のショットを決めていたのだろう。クラスタの端に向かって構えると、コンという軽いショットを放つ。
     手球はクラスタを軽く崩したかと思うと、勢いよくポケットの方に向かい、あわやスクラッチかという寸前でポケット内で暴れた。

     「おお。」という観衆の驚き。そして龍プロが思わず「おいおい!」と声に出して立ち上がった。狭いビリヤード場内が一瞬ざわついた。大家はショットを終えると、自分の席にしっかりと腰を下ろし、観衆たちはポケットの中に残った手球やその周りの配置を確かめようと、首を伸ばしたり体を動かす。
     「狙ってやりやがったな。」龍プロは内心そうつぶやいた。もちろんセーフティをコールしているのだから狙っているに違いないのだが、失敗すればスクラッチである。そこまで成功する自信があってやったのだろうと、むしろその度胸に感心したといったところか。

     龍プロはクラスタの配置を入念にチェックする。それにしてもポケットの中に手球がある状況では非常にショットが難しい。立てキュー気味になってキューに角度がついてしまい、ブリッジも組みにくいので難度が格段に上がる。しかも配置がある意味、絶妙とも言える。直接狙える球がない上に、セーフを取るためには手球か的球をクッションさせる必要がある。仮にセーフティを返すにしても相手にチャンスを与えかねない、この場面では最高のセーフティをされたのだと、龍プロは感じていた。
     龍プロはさらにこのショットの必然性を確認せずにいられなかった。手球を持つような仕草、手にはもちろん手球などないのであるが、ヘッド側にぐるっと回っていくと、スクラッチファールをもらったときのような気持ちで、握り拳をヘッドライン上に何度か置いてみたのである。周りには奇妙な行動のように映ったが、ゲームを進めてしまえば損なわれる配置である。「なるほどな・・・。」と頷く龍プロは気が済んだ様子で、カフェテーブルに向かう。おしぼりで手の汗をぬぐい、キューを乾拭きすると再びテーブルへと向かった。

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      | 第一章 ビリヤード場へようこそ | -
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        -- あらすじ --
        この物語は、主人公−佐倉がビリヤードを通じて様々な人と出会い、成長する様を描いていきます。 大学に通う一年生の佐倉は、同じ京都で間借りしている部屋の大家を通じ、ビリヤード場で働くことになります。人と接することが苦手で、自分の殻にこもっている彼女の心を、店の常連客らが徐々に開いていきます。 アットホームな雰囲気、厳しい先輩プレイヤーやプロの存在によって彼女の心境が変化していき、本格的なプレイヤーに成長していきます。やがてビリヤードがなくてはならない存在になり・・・。 序章で見せた佐倉の涙の意味するものはいったい・・・? これから始まるビリヤードのドラマに、しばしのお時間お付き合いください。

        -グーバーウォーク-



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