レース・トゥ・イレブン 〜 毎週火曜日連載・ビリヤードの長編連載小説です 〜
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    第25話 大家の猛攻
    JUGEMテーマ:連載



      14−1(フォーティーン・ワン)はストレート・プールとも言われる非常にスタンダードなゲームの種類を指すが、9ボールが主流の現代ではプレイをする者は少ない。しかしながら根強い人気を保っている。ポケットビリヤードには実に多種多様なゲームが存在する。14−1はエニーボール系ゲームといい、どの番号を狙ってポケットしても合法的に得点することができる。ただしオープニングラックだけは番号の並べ順が一部決められていて、ポケットする番号や場所はコールして宣言しなければならない。
     初心者にとって難しいのはラックをまたぐときで、最後の1球になったときにフットスポット上に頂点を除く14個がラックされ、最後の1球のショットをポケットしつつラックを崩すことが連続得点のためには重要なテクニックだ。得点計算はきわめて簡単で、ファールを除いて入れた個数がそのまま得点になるというシンプルなものだ。

     


     そうして向かえる5ラック目の龍のブレイクではラックがあまりきれいに散らず、何回かのショットでクラスタを崩しながら配置を有利に進めていく必要があった。

     「ねえ、どっちが勝つと思う?」お嬢はいつの間にか佐倉のそばまで歩み寄ってきてこう尋ねた。
     「うーん。このままだったら、あの、プロの方よね?大家さんには勝って欲しいけど、大家さんがビリヤードするなんて、さっきまで知らなかったもの。」その気持ちはここにいる常連客とほぼ同じだっただろう。誰も大家が球を撞いているところを見たことがない。もちろん、毎日のように自宅のテーブルで14−1の練習をしているなど、知る者はいない。でも顔見知りでもある以上勝って欲しい。それに近いところまで善戦して欲しい、と。

     龍のプレイは割と派手な感じだ。手球がまるで生きているようにテーブルを自在に動き回る。しかし14−1ではあまりそのようなショットを多用しないため、抑え気味ではあるものの、彼本来の「上手い」と思わせるショットは随所に見られる。そのプレイに魅了され、観客たちは「うんうん。」と腕を組みながら感心していたのだった。
     中には龍のプレイ、ショットを観察したものを少しでも記憶に留めようと、空いているテーブルで素振りをする者さえいる。与えた影響は決して少なくない。

     プレイの途中で龍は妙なことが気になり始めた。「このまま撞ききって勝ってしまったら、相手の婆さんのプレイを見ることもなくなってしまうよな・・・。」しかし、その後速やかに自らの考えを打ち消した。「それはそれで別にいいじゃないか。余計なことを考えるのは負けのもと。今はゲームに集中するのみだ。」
     「それより・・・」さっきから気になっていたのは別のことだ。「長クッションの反応が一部だけ極端に悪い。それと台の端がやや垂れ下がっている。」つまり、台がやや傾いているというのだ。

     ビリヤードはインドアゲームであるが、常に同じ環境が確保されているかというかとそうではない。テーブルのメーカーの違いや設置環境の違い、ラシャの種類や張り方、テーブルの高さやラシャのコンディション、その日の気温や湿度、クッションゴムの高さや痛み加減・・・いろんな要素がテーブルコンディションを左右する。そしてそれを素早く見極めて対応するのもプロである。


     龍プロは手球のクッションへの当て方やショットスピード、組み立てなどで対応を図っていたつもりだったが、クラスターを割ろうとしてのわずかな判断の迷いがショットを狂わせてしまった。的玉がポケットの中でカタカタと震えて入らずにターンを終えた。この時点で81点対0点と、それでも龍プロの圧倒的有利な状況で大家に順番が渡る。


     他の誰から見ても、大家は落ち着いていた。肝が据わっていると表現するのが相応しいだろう。だからこそこの場面で何とかしてくれそうな、そんな期待感を持たせてくれる。膝掛けを佐倉に預け、ゆっくりと椅子から立ち上がると、軽く体を伸ばしたりストレッチのようなことをして、固まっている体をほぐす。その様子は圧倒的不利なプレイヤーのそれではなく、今まさに反撃ののろしを上げる戦士のようでもある。

     フット側に固まったクラスタの配置をざっくりと頭の中にたたき込んだと思ったら、最初はゆっくりと慎重に、それからは次第にリズムがよくなってきて、ポンポンと非常にリズミカルに、スピーディーに残りの球を処理していく。
     観客からすれば驚愕ものだった。「いつ考えているのだろう?」というぐらい考えている時間が少なく見える。「この球はこう撞くんだ。決まっているんだ。」とでも主張しているように。
     そして、まったく緊張しているように見えず、リラックスした雰囲気で淡々とこなしていく。これは龍プロの雰囲気とは明らかに対照的だ。
     あっという間にクラスタも解消しながらフットスポット近くの2球を残し、ブレイクボールへのポジショニングが確実な配置まで手球を運ぶと、次のラックでも非常に軽い力でラックを崩してはポンポンと次々にポケットを繰り返していく。

     その場にいた誰もが驚いた。彼女がこんなに上手いとは思わなかった。いや、それよりも妙に力の抜けた無駄のない、それでいて流れるようなショットを繰り出す様は、高齢の女性という外見をすっかり忘れさせて周囲を魅了させている。


     そのプレイを見ていた龍プロも同様に魅了されていた。決してパワフルなプレイではないが、「精度」や「確実さ」で言えば龍プロに引けを取らない。それ以上にクラスタを割る場面や組み立てについても「経験」に裏付けられたパターンを数多く持っているように見える。その「経験量」について考えれば、龍プロから見ても自分が数段劣っていることを認めざるを得なかった。
     次々とラックがたてられ、ブレイクで大きなクラスタがだんだんと細分化されながらも最終的には次のブレイクに最適なキーボールを残してポジショニングされていく。手球が動く派手さは少ないが、その分きめ細かなコントロールがなされている。そして何より、撞きづらい姿勢で構える場面がほとんどない。一般的には女性プレイヤーがテーブル上で撞きやすくなる範囲は狭くなる。そう考えると、大家の方が、より狭い領域に的確にコントロールしていることになる。

     龍プロがそう評価している間にも大家のターンは途切れることなく、気がつけば圧倒的なリードも追いつかれ、追い越されるまでになっていた。

     この光景を眺めていた佐倉は、両目にうっすらと涙を浮かべながら感激していた。自分の住んでいるアパートの大家が、いかにも強そうなビリヤードのプロと対戦していて、堂々と渡り合っていることに。それは傍らで見ていたお嬢や常連たちとも共通の思いだった。いつも歯に衣着せぬ物言いの大家が、もっとも好感を持たれた瞬間だった。

     

     

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        -- あらすじ --
        この物語は、主人公−佐倉がビリヤードを通じて様々な人と出会い、成長する様を描いていきます。 大学に通う一年生の佐倉は、同じ京都で間借りしている部屋の大家を通じ、ビリヤード場で働くことになります。人と接することが苦手で、自分の殻にこもっている彼女の心を、店の常連客らが徐々に開いていきます。 アットホームな雰囲気、厳しい先輩プレイヤーやプロの存在によって彼女の心境が変化していき、本格的なプレイヤーに成長していきます。やがてビリヤードがなくてはならない存在になり・・・。 序章で見せた佐倉の涙の意味するものはいったい・・・? これから始まるビリヤードのドラマに、しばしのお時間お付き合いください。

        -グーバーウォーク-



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