レース・トゥ・イレブン 〜 毎週火曜日連載・ビリヤードの長編連載小説です 〜
第24話 プロの凄さ
2011.05.17.Tue 07:00
JUGEMテーマ:連載
その姿を見た龍プロは、「まさか!」と思った。高齢の、しかも女性である。彼女がどんな球を撞くのかは知らないが、過去に対戦したプロというのが不甲斐なかっただけではないか。そんな疑念が頭を過ぎる。わざわざ来るだけの価値があったのかどうか、それはこの後の対戦が自ずと語るだろうが、それにしても・・・。 「あんたかい? 見た目はちょっとは撞けそうな雰囲気だねえ。」と大家の言い方があまりに上から目線だったので、龍はムッとする。「じゃああんたなら勝てるって言うんか?オレに。」二人を引き合わせたのが事実上、佐倉ということになるのなら、彼女はこの二人の一触即発のような状況に不安を抱かずにはいれなかった。 ちょっとした大会よりも高額な賞品の提示に気をよくした龍は、「じゃあ万が一にでもオレが負けたら、そんときゃどうすりゃいい?」と問いかけると、「この子・・・」と佐倉を差し出し、「この子にビリヤードを教えてやってくれないかね?」と大家は言う。佐倉にしては迷惑だったかも知れない。自分がベンツと釣り合うのかどうかとか。それよりも大家が大損をしてしまうことの方が不安だった。一方、ホッとしたのは龍の方で、万一負けても大して損なことはない。そういう訳で「どんなルールでも闘ってやる」とまで言ったのである。
佐倉に「ちょっと借りるよ。」と一言告げると、大家はプライベートキューのラックの一番端にに立てかけてある、佐倉のキューを取り出した。彼女が店から借りている、ただのハウスキューである。「えっ?」と周囲の皆が一瞬驚いた。何も感じなかったのはマスターと佐倉ぐらいだろうか。佐倉は自分のキューが対戦に使われることを喜ばしく思ったのだが・・・。それに対して龍の方はキューメーカーから支給されている彼自身のシグネチャーモデルのキュー一本だけを取り出す。まるで炎が暗闇を裂くように燃え上がるキューのデザイン。背中の龍と同じで、常に上に登っていこうとする彼のスタイルを如実に現している。彼の今の気持ちも、キューと同じように燃えさかっていたに違いない。 バンキング。ピタリと手前の短クッションに近づけたのは大家の方だった。14−1ではバンキングを取った方が後攻めを選択する。龍のファーストショットは「セーフティ」をコール。そして定石通りのショットを見事に成功する。大家もセーフティで返す。こうした攻防があり、それぞれにフット側のボールの固まりを都度確認しては守りを選択してそれを完璧にこなす。徐々に客も増えてくるが、誰も撞こうとせずに二人の対戦を観るために集まってきていた。マスターの予想通り人が多い割には店は暇で、ドリンクサーバーだけが頑張っていた。「入場料ぐらい取っときゃよかったな。」とはマスターのジョークである。 固唾をのんで見守るギャラリー。そして膠着した勝負の均衡が崩れる瞬間が生じた。大家のセーフティがやや甘めに残り、非常に厳しい狙いながら龍がこれをポケットしてクラスタを少しだけ割ったのだ。さらに残り玉も非常に厳しいものであったが、次の難球を沈めてクラスタが少し解消されると、これを突破口として次々にクラスタを割っていき、残り6球になるとほぼ理想的な配置にしてしまったのだ。ブレイクボールを残してすべてのボールをポケットし、残り14球がフットスポットにラックされる。理想的な形が出来上がり、さらにブレイクを続けて得点を重ねていく。 お嬢や石黒たちが来ると、店内には20名以上の客たちがギャラリーとして二人の試合を観戦していた。龍プロはビリヤード雑誌やTVで有名だったが、大家の方は撞き番が回って来ていないために椅子に座ったままで、対戦相手が誰なのかわからなかったギャラリーも多かっただろう。それに、大家が撞いている姿を見たことがある者はほとんどいなかったのだから、龍のプレイに魅了されることはあっても、これが勝負の体をなすと思っている者も同じくほとんどいなかったのである。 これだけのギャラリーを前にしても龍プロのプレイはぶれることなく、安心して見ていられるものだった。龍にとってはむしろ普段よりも調子がいいぐらいで、このまま撞ききって勝ってしまえばベンツを手中に収めるのは間違いない。
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