レース・トゥ・イレブン 〜 毎週火曜日連載・ビリヤードの長編連載小説です 〜
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    第24話 プロの凄さ
    JUGEMテーマ:連載



      佐倉が大家を呼びに出かけている間、残されたのは龍プロとマスターだけで、同じビリヤードと関わる者同士、話すことと言えばビリヤードの世間話というのが相場だろうか。共通の知り合いが今どこで何をしているかとか、他のプロたちの調子はどうかとか、差し出された番茶をすすりながら、そんな話しに受け答えする龍プロであった。
     龍は、プロとしての十分な風格を備えていた。ベストの背中に大きくあしらわれた龍の刺繍、そして胸から腹部にかけてはいくつものスポンサーのワッペン、プロ団体のワッペンが貼り付けられている。これはそれだけプレイヤーとして注目されていることを示す。さらにがっしりとした体格、しっかりした眉毛に鋭い目線。中級者までのアマチュアプレイヤーなら、彼と対峙しただけでチビってしまうかも知れない。

     


     
     二人が少々待ちくたびれてきて、会話も途切れ途切れになってきたちょうどその頃、正面のドアがギイと開き、佐倉が大家を引き連れてきていた。息を切らす訳でもなく、のんびり歩いてきたのだろう。大家は普段通りの出で立ちで、動きやすそうなパンツに上はカーディガンを羽織っている。

     その姿を見た龍プロは、「まさか!」と思った。高齢の、しかも女性である。彼女がどんな球を撞くのかは知らないが、過去に対戦したプロというのが不甲斐なかっただけではないか。そんな疑念が頭を過ぎる。わざわざ来るだけの価値があったのかどうか、それはこの後の対戦が自ずと語るだろうが、それにしても・・・。

     「あんたかい? 見た目はちょっとは撞けそうな雰囲気だねえ。」と大家の言い方があまりに上から目線だったので、龍はムッとする。「じゃああんたなら勝てるって言うんか?オレに。」二人を引き合わせたのが事実上、佐倉ということになるのなら、彼女はこの二人の一触即発のような状況に不安を抱かずにはいれなかった。
     龍の言葉を無視するように、大家は大胆な提案を持ちかける。「もしこの勝負にあんたが勝ったら・・・」 この時点で龍の頭の中では「もし」「勝ったら」の二語が駆け巡って沸騰寸前である。言葉には出さないものの、龍は拳の中に爪を立ててグッと強く握りしめていた。そして続けて大家が話しを続ける「もし勝ったら、ベンツでも何でも買ってやろうじゃないか。その方が真剣勝負になるだろう?」
     口元に笑みを浮かべて龍の目を見る大家は不敵な表情をしている。一方の龍は、「望むところだ。」と答えた。一瞬カッとした気持ちはすぐに収まり、気持ちは「さっさと勝利して、ベンツを頂こう、それなら無礼は許してやる。」そんなところだったに違いない。
     「ベンツと言っても、Cクラス以上でな。だが、そんな高級車なんて本当に払えるのかい?」というと「金なんざ腐るほどあるからね。あんたは心配しなくていいよ。」

     ちょっとした大会よりも高額な賞品の提示に気をよくした龍は、「じゃあ万が一にでもオレが負けたら、そんときゃどうすりゃいい?」と問いかけると、「この子・・・」と佐倉を差し出し、「この子にビリヤードを教えてやってくれないかね?」と大家は言う。佐倉にしては迷惑だったかも知れない。自分がベンツと釣り合うのかどうかとか。それよりも大家が大損をしてしまうことの方が不安だった。一方、ホッとしたのは龍の方で、万一負けても大して損なことはない。そういう訳で「どんなルールでも闘ってやる」とまで言ったのである。
     そしてほんの少しの会話のやりとりだけで、14−1の150点先取でゲームをすることになった。龍はあまり14−1を普段やらないが、同じポケットビリヤードなら、14−1であろうができて当然、と思っていた。そして成り行き上、マスターはレフェリーを務めることになった。マスター曰く、「どうせ店が暇になるだろうから」


     このとき、店には10名足らずしかいなかったが、皆がこの勝負の行方を見守っていた。華台の奥のカウンターにはマスターの奥さんと佐倉が飲み物を作ったりしながら、対戦者の二人、レフェリーを除く客たちも華台を取り囲むように思い思いに椅子に腰掛けて観戦していた。この店でこれだけの注目カードがどれだけ行われただろう?少なくともここ最近はなかったはずである。

     佐倉に「ちょっと借りるよ。」と一言告げると、大家はプライベートキューのラックの一番端にに立てかけてある、佐倉のキューを取り出した。彼女が店から借りている、ただのハウスキューである。「えっ?」と周囲の皆が一瞬驚いた。何も感じなかったのはマスターと佐倉ぐらいだろうか。佐倉は自分のキューが対戦に使われることを喜ばしく思ったのだが・・・。それに対して龍の方はキューメーカーから支給されている彼自身のシグネチャーモデルのキュー一本だけを取り出す。まるで炎が暗闇を裂くように燃え上がるキューのデザイン。背中の龍と同じで、常に上に登っていこうとする彼のスタイルを如実に現している。彼の今の気持ちも、キューと同じように燃えさかっていたに違いない。

     バンキング。ピタリと手前の短クッションに近づけたのは大家の方だった。14−1ではバンキングを取った方が後攻めを選択する。龍のファーストショットは「セーフティ」をコール。そして定石通りのショットを見事に成功する。大家もセーフティで返す。こうした攻防があり、それぞれにフット側のボールの固まりを都度確認しては守りを選択してそれを完璧にこなす。徐々に客も増えてくるが、誰も撞こうとせずに二人の対戦を観るために集まってきていた。マスターの予想通り人が多い割には店は暇で、ドリンクサーバーだけが頑張っていた。「入場料ぐらい取っときゃよかったな。」とはマスターのジョークである。

     固唾をのんで見守るギャラリー。そして膠着した勝負の均衡が崩れる瞬間が生じた。大家のセーフティがやや甘めに残り、非常に厳しい狙いながら龍がこれをポケットしてクラスタを少しだけ割ったのだ。さらに残り玉も非常に厳しいものであったが、次の難球を沈めてクラスタが少し解消されると、これを突破口として次々にクラスタを割っていき、残り6球になるとほぼ理想的な配置にしてしまったのだ。ブレイクボールを残してすべてのボールをポケットし、残り14球がフットスポットにラックされる。理想的な形が出来上がり、さらにブレイクを続けて得点を重ねていく。
     龍プロのプレイはやはりナインボールに近いもので、普段はあまり14−1をプレイしないのだから無理もない。手球は一見派手に動き回っているようで、繊細にポジショニングされ、全くミスをする余地もなく得点を重ねていく。

     お嬢や石黒たちが来ると、店内には20名以上の客たちがギャラリーとして二人の試合を観戦していた。龍プロはビリヤード雑誌やTVで有名だったが、大家の方は撞き番が回って来ていないために椅子に座ったままで、対戦相手が誰なのかわからなかったギャラリーも多かっただろう。それに、大家が撞いている姿を見たことがある者はほとんどいなかったのだから、龍のプレイに魅了されることはあっても、これが勝負の体をなすと思っている者も同じくほとんどいなかったのである。

     これだけのギャラリーを前にしても龍プロのプレイはぶれることなく、安心して見ていられるものだった。龍にとってはむしろ普段よりも調子がいいぐらいで、このまま撞ききって勝ってしまえばベンツを手中に収めるのは間違いない。
     勝負は5ラック目を終え、大家の順番が回ってくることはなく、彼女はずっと椅子に括り付けられていた。大家が佐倉に膝掛けを持ってくるように頼んだ以外は一言もしゃべらずに、ただじっとテーブル上の球を眺めているだけだった。

     

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        -- あらすじ --
        この物語は、主人公−佐倉がビリヤードを通じて様々な人と出会い、成長する様を描いていきます。 大学に通う一年生の佐倉は、同じ京都で間借りしている部屋の大家を通じ、ビリヤード場で働くことになります。人と接することが苦手で、自分の殻にこもっている彼女の心を、店の常連客らが徐々に開いていきます。 アットホームな雰囲気、厳しい先輩プレイヤーやプロの存在によって彼女の心境が変化していき、本格的なプレイヤーに成長していきます。やがてビリヤードがなくてはならない存在になり・・・。 序章で見せた佐倉の涙の意味するものはいったい・・・? これから始まるビリヤードのドラマに、しばしのお時間お付き合いください。

        -グーバーウォーク-



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