レース・トゥ・イレブン 〜 毎週火曜日連載・ビリヤードの長編連載小説です 〜
第23話 龍の挑戦状
2011.05.10.Tue 07:00
JUGEMテーマ:連載
プロ協会による試合前のミーティングでは、試合のルールや運営説明がなされ、運営者らの前には誰もが知る有名プレイヤー、トップランカーを始め100名近くテーブルを囲んで緊張感を高め合っていた。 この雰囲気にあって、観客や選手の間を縫うようにカメラを持って走り回っているのが、ビリヤード専門誌『プール・ナウ』の専属カメラマン兼記者である。彼は今が旬の選手らを回っては試合前の意気込みを聞き取り、試合結果を誌面に克明に伝えるために駆け回っていた。 その彼が一人の男に近寄っていった。やや大柄でラグビー選手のようながっちりした体型、短く刈り込んだ髪に口ひげを蓄えていた。何より、黒いベストの背中には大きな龍の刺繍が施されており、その龍は左手に9番ボールを、右手に手球を鷲掴みにして天に昇る姿をしている。金糸も織り込まれたその派手な刺繍は相当に高価なものだろう。見ようによっては龍に魅入られた選手を喰らおうとでもしているかのようで圧倒される。人は彼を「龍」もしくは「龍プロ」と呼ぶ。 「龍プロ、お疲れ様です。」と記者が言うと、龍プロは「ああ。」と無愛想に答えた。 「堀川ビリヤードねえ・・・。来週大阪の試合に出るときにでも寄ってみるか。」そう独り言を呟くと、目の前の試合のため、もう一度気を取り直して準備に取りかかった。
あれはそう、数ヶ月前のことだ。関東で主にプレイしている龍プロは関西のビリヤードの事情をあまり知らなかったのだが、あるプロが何年か前にふと訪れたビリヤード場でアマチュアプレイヤーに負けたという噂を聞いたのだ。相手は高齢にも関わらず、そのプロはアマチュアに歯が立たなかったという。「そんなはずはないだろう」とあらゆる否定的な噂を探ったが、どうも間違いないようだ。そして対戦して負けたそのプロは明らかに伸びてきており、龍プロにも対戦を勧めてきたのだ。ただ、どこの誰なのか?所在がハッキリしていなかったために、記者の力を借りたという次第である。
まだ早い時間だったので店はまだ空いていた。カランといって店の扉が開くと現れたのはがっしりとした体格に口ひげの男、龍プロである。 佐倉はビリヤードのプロを見るのが生まれて初めてだったので、彼がプロだということに気付かなかった。龍プロは、トレードマークの龍の刺繍が入ったベストを着ると、手早くキューを組み立てて練習し始めた。数ラックほど撞いたところで佐倉が飲み物を運んでいると、マスターが奥から出てきて声をかけた。 「原田龍二プロ。久しぶりやね。」というと、プロは「どこかでお会いしましたかね?」とやはり無愛想に言う。この店のマスターも無愛想だが、「いやあ、覚えてないかも知れんけど、何年か前のオープン戦やったかな。それですわ。」と言うと、「やっぱり覚えてませんね。」と素っ気なく答えるプロだった。 「ところで、ここの常連かなんかで、相田って人を探してるんだけど、今日、来るかどうか、わかりますかね?」とプロが問うと、佐倉も一所懸命常連さんの顔を思い出しながら、「うちの常連さんにそんな人いませんよね?」とマスターに尋ねた。 その和やかなムードとは裏腹に、龍プロの方は真剣な顔で用件を伝えた。「その相田って人と勝負しにきたんだ、東京から。ちょっと呼んでくれ。」と用件が進まないことにちょっとイライラしている様子なのも無理はない。 マスターにもそのことが伝わり、「すみませんね」と軽く謝り、佐倉に「ちょっと大家さん呼んできてくれないかな?」と笑顔で言うと、佐倉は「はい!」と元気に答えて店のドアを開けようとした瞬間、振り返ってもう一度確認した。「ひょっとして・・・対戦者の相田さんって大家さんのこと!?」 驚いた表情の佐倉に向かって、マスターは「そうだよ。行っといで!」というと、佐倉は「はい!」と返事して一目散にアパートの方向へ走り去っていった。
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