レース・トゥ・イレブン 〜 毎週火曜日連載・ビリヤードの長編連載小説です 〜
第22話 ショットの快感
2011.05.03.Tue 07:00
JUGEMテーマ:連載
終末が近づいて来て、足取りも軽く店に向かう。仕事に行くのに何となくうきうきしている自分自身を滑稽に思う。 彼女は待っていた。壁掛け時計をチラチラと見たりしながら、お嬢が店に現れるのを。たまりかねて、マスターに「今日、真紀さん来ますよね?」と問いかけたほどだ。マスターは普段と変わらない口調で「ああ、来ると思うよ。」と答えた。 しばらくして聞き慣れたDUCATIの音が店の窓を揺らす。彼女の登場を一番楽しみにしていた佐倉がドアの方に駆け寄っていき、ヘルメットを預かって身支度を手伝う。 カン!という音を立てて1番ボールがセンタースポットに置かれた。そして手球はヘッドライン上の真っ直ぐの位置へ。いわゆるセンターショットだ。佐倉はそれまで本を見ながら、もう少し近い距離で練習していたのだが、距離が離れると的玉もポケットも小さく見え、緊張感は自ずと高まってくる。 いよいよ、ということで他の常連客たちも彼女らに注目し始めていた。佐倉はいくつもの視線が自分に集中するのを何となく感じていた。天井を見上げ、ふうっと大きく息を吐いて覚悟を決めた。大勢が見守る中、まるで何かの儀式のようでもある。 フォームの構え方はお嬢が指導した。本で読んでいてある程度わかってはいるつもりでも、お嬢のコーチを受けていると若干の違いがあるようだ。腕や足下の位置、体の開き具合や腰の向き、顔の向きや肩・肘の位置など、だいたいの形になったところでまた一からやり直し。使い慣れない体の筋肉が悲鳴を上げそうになっていたが、それよりも教わった通りのことができるように、との思いが勝っていた。 「そのままストロークを繰り返してみて」と言われるままに、佐倉は背中や腕の筋肉が攣りそうになりながらストロークを繰り返す。「ちょっとこっち見て!」とお嬢が言った方向を振り向くと、そこには姿見を持ち上げたお嬢の姿があった。映っているのは佐倉自身である。 「じゃあ、実際に撞いてみようか!」お嬢の言葉の魔力とでも言おうか、佐倉は言われるままにしていれば、きっと何か自分の求めている体験ができそうな気がしていた。周囲でじっと見守る常連たちも、その行く末を暖かく見守っている。 お嬢の言われるままに、肩の力を抜いて、手球の中心と1番ボールの中心をしっかり一本の線で結び、キューを真っ直ぐ水平に、肘から下だけを動かしてゆっくりとテイクバックして、キューの重さだけで振るように素早く戻す。 どこからともなく「ナイスショット!」という声とともに拍手が聞こえてきた。たかだかセンターショットかも知れないが、彼女にとって非常に「ナイスな」センターショットである。 「どうだった?」とお嬢に尋ねられて、嬉しいような、驚いたような表情の佐倉。「これ、本当にあたし?」とやはり信じられない様子である。お嬢を含め、マスターも常連たちもみんな見ていて、「うんうん」とニコニコした顔で頷いている。 それから30分ほど連続で撞いてみて、さすがに慣れない姿勢でのショットに疲れてきたのか、緊張していたからか、くたくたになってソファに座り、ふう、と天井に向かって大きく息を吐く佐倉だった。
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