レース・トゥ・イレブン 〜 毎週火曜日連載・ビリヤードの長編連載小説です 〜
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    第22話 ショットの快感
    JUGEMテーマ:連載



      この二日間ほど、佐倉はアルバイトの休日をもどかしく感じながら過ごすことになった。何とか自分で得た知識、本で学んだことを体得してみたいという、漠然としたものだった。「やってみると想像以上に難しい」、このことが逆に彼女を奮い立たせているのかも知れない。もっと簡単にできてしまっていたらそれほど興味が沸かなかったかも知れない。
     もちろん、お客として店に入り、いくらかの場代を払えばいつでも試すことぐらいはできたのだろうが。

     


      終末が近づいて来て、足取りも軽く店に向かう。仕事に行くのに何となくうきうきしている自分自身を滑稽に思う。
     開店してお客の少ない間は、こっそりとショットを試そうとする。しかし、思うように「強く打てない」。そして思った方向に進まない。
     少々やきもきしながら、お客が増えてくるとまた同じ本を何度も読み返したり、お客のフォームと見比べたり・・・。

     彼女は待っていた。壁掛け時計をチラチラと見たりしながら、お嬢が店に現れるのを。たまりかねて、マスターに「今日、真紀さん来ますよね?」と問いかけたほどだ。マスターは普段と変わらない口調で「ああ、来ると思うよ。」と答えた。

     しばらくして聞き慣れたDUCATIの音が店の窓を揺らす。彼女の登場を一番楽しみにしていた佐倉がドアの方に駆け寄っていき、ヘルメットを預かって身支度を手伝う。
     あまりのサービスの良さにピンと来たお嬢は、唐突に「撞いてみる?」と佐倉に尋ねた。
     「え?」と驚きの表情を隠せなかった佐倉だが、すぐに「はい!」と頷いた。佐倉の嬉しさに満ちあふれた笑顔を見て、お嬢は「じゃあ、やろっか!」と言うと、踵を返して自分のキューをラックから取り出した。そして店の華台に彼女を誘導する。

     カン!という音を立てて1番ボールがセンタースポットに置かれた。そして手球はヘッドライン上の真っ直ぐの位置へ。いわゆるセンターショットだ。佐倉はそれまで本を見ながら、もう少し近い距離で練習していたのだが、距離が離れると的玉もポケットも小さく見え、緊張感は自ずと高まってくる。
     「はい。」と手渡されたのはお嬢のキューだ。両の手で大切に受け取られたキューは、よく見るといく種類もの銘木がインレイ(埋め込み細工)として巧みに施されており、宝石箱か美術工芸品のように美しい。「私のサムサラなんだけど、せっかくだからいいキューで楽しんでみたいでしょう?」
     そう言われてもあまりに高価そうでさらに緊張度が高まってしまいそうだ。「気軽に扱ってくれればいいから。」と言われても、である。

     いよいよ、ということで他の常連客たちも彼女らに注目し始めていた。佐倉はいくつもの視線が自分に集中するのを何となく感じていた。天井を見上げ、ふうっと大きく息を吐いて覚悟を決めた。大勢が見守る中、まるで何かの儀式のようでもある。

     フォームの構え方はお嬢が指導した。本で読んでいてある程度わかってはいるつもりでも、お嬢のコーチを受けていると若干の違いがあるようだ。腕や足下の位置、体の開き具合や腰の向き、顔の向きや肩・肘の位置など、だいたいの形になったところでまた一からやり直し。使い慣れない体の筋肉が悲鳴を上げそうになっていたが、それよりも教わった通りのことができるように、との思いが勝っていた。
     ブリッジについてもコツを教わると、きれいな形に組むことができて、独習でやっているのとは全然違うことに気付く。そして、お嬢に借りたキューはハウスキューと比べて格段によく滑る。ブリッジをしっかりと組んでも滑らかにキューが動いてくれる。

     「そのままストロークを繰り返してみて」と言われるままに、佐倉は背中や腕の筋肉が攣りそうになりながらストロークを繰り返す。「ちょっとこっち見て!」とお嬢が言った方向を振り向くと、そこには姿見を持ち上げたお嬢の姿があった。映っているのは佐倉自身である。
     「どう?カッコ良くない!?」そう言われて、佐倉は自分のフォームを初めて見た。なんだか照れくさいような、そんな気がした。

     「じゃあ、実際に撞いてみようか!」お嬢の言葉の魔力とでも言おうか、佐倉は言われるままにしていれば、きっと何か自分の求めている体験ができそうな気がしていた。周囲でじっと見守る常連たちも、その行く末を暖かく見守っている。

     お嬢の言われるままに、肩の力を抜いて、手球の中心と1番ボールの中心をしっかり一本の線で結び、キューを真っ直ぐ水平に、肘から下だけを動かしてゆっくりとテイクバックして、キューの重さだけで振るように素早く戻す。
     軽い力で振られたキューは真っ直ぐ手球に向かい、「カン!」という澄んだ音色をキュー全体に響かせ、心地よい感触を手のひら全体に伝える。キュー先の先端、タップと言われる皮の部分がやや柔らかい感触で手球を捉え、反発して勢いよく飛び出した手球は目にもとまらない速さで1番ボールと完全に重なり、衝突して弾き飛ばされた1番ボールは1m以上先のポケットに勢いよく吸い込まれる。ブーツゴムが「カコーン!」という高く心地よい音を奏でる。

     どこからともなく「ナイスショット!」という声とともに拍手が聞こえてきた。たかだかセンターショットかも知れないが、彼女にとって非常に「ナイスな」センターショットである。
     佐倉は自分が放ったショットとはにわかに信じられないような感動を覚えた。本当に言われるままに軽く振っただけなのに、それ以上のパワーで1番ボールが真っ直ぐにポケットに向かっていった感触を得ていたからだ。

     「どうだった?」とお嬢に尋ねられて、嬉しいような、驚いたような表情の佐倉。「これ、本当にあたし?」とやはり信じられない様子である。お嬢を含め、マスターも常連たちもみんな見ていて、「うんうん」とニコニコした顔で頷いている。
     「すごくいいショットだったよ。今の要領で練習したら、この辺の人たちにも勝てるようになるから。」と、お嬢は常連たちを指さしながら言うと、常連たちは「おいおい。」と笑ったが、今となってはお嬢を師のように信頼している佐倉にとっては、半分本気のように受け取っていたのかも知れない。

     それから30分ほど連続で撞いてみて、さすがに慣れない姿勢でのショットに疲れてきたのか、緊張していたからか、くたくたになってソファに座り、ふう、と天井に向かって大きく息を吐く佐倉だった。
     その後はさすがにお嬢のキューを毎回貸すわけにもいかないので、マスターがハウスキューの程度のいいものを選び、これを「佐倉用のキュー」としてプライベートキューのラックにも置かせてもらうことになった。ちょっとしたことのはずなのに、見慣れた常連たちとの距離がグッと縮まったような気がした。


     仕事を終えてアパートに帰ると、佐倉は今日覚えた新しいことを忘れ去るのが惜しくて、頭の中で何度もフォームを構えていたり、実際に構え方を復習したりしていた。目を瞑っても頭の中にはあのときのショットの音が鮮明に響き渡り、手に感じた感触もハッキリと思い出せる。だが、この日の充実感と疲労感からか、すぐに眠りについてしまうのだった。

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        -- あらすじ --
        この物語は、主人公−佐倉がビリヤードを通じて様々な人と出会い、成長する様を描いていきます。 大学に通う一年生の佐倉は、同じ京都で間借りしている部屋の大家を通じ、ビリヤード場で働くことになります。人と接することが苦手で、自分の殻にこもっている彼女の心を、店の常連客らが徐々に開いていきます。 アットホームな雰囲気、厳しい先輩プレイヤーやプロの存在によって彼女の心境が変化していき、本格的なプレイヤーに成長していきます。やがてビリヤードがなくてはならない存在になり・・・。 序章で見せた佐倉の涙の意味するものはいったい・・・? これから始まるビリヤードのドラマに、しばしのお時間お付き合いください。

        -グーバーウォーク-



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