レース・トゥ・イレブン 〜 毎週火曜日連載・ビリヤードの長編連載小説です 〜
第21話 ファーストショット
2011.04.26.Tue 07:00
JUGEMテーマ:連載
今日も学校の授業が終わると、まだお客が少ない時間帯を見計らい、店のマスターにも奥さんにも内緒でこっそりとビリヤードの練習。というよりむしろ、ビリヤードの初歩の研究とでも言った方が正確かも知れない。テーブルの上に本を広げ、図解を見ながらボールをセットし、店の端っこのハウスキューを持ってきては本とにらめっこする。 ときどき宙を眺めては、お嬢たちが構えている姿を思い出しながらキューを構えてみる。自分では本の通りの格好をしているつもりだが、他人から見れば大きく違って見えたかも知れない。でも、今の彼女にとって、そんなことは些細なことだ。 ここで生まれて初めて、手球を”撞いて”的玉を狙ってみた。彼女にとってのファーストショットだ。慎重に慎重に、本に書いている一字一句ももらさないように完璧に。キュー尻を後ろに引いて力強くショット! しかし、現実は彼女が期待していたものとは違い、手球の芯を捉えることができずにあさっての方向に手球が進んでいく。 ここまでやり始めたからには引っ込みがつかない。黙々と同じようにボールをセットして、「きっとどこか見落としているハズ。」と思って、またパラパラとページを繰ってトライする。今度は当たった。でも思っているイメージとはかけ離れている。 (お嬢のように、もっと手球が的玉にスパーンと当たって、となるはずなのに) もどかしく思いながらも何度も何度もチャレンジする。初めての経験、うまくいかなくて当然のこと、と自分に言い聞かせながらあきらめることは決してしない。 それからじきにマスターや奥さんが帰ってきて、お客もちらほらと現れ始めたので練習はひとまず中断したが、またお嬢や石黒らが来店すると、今度はラック係として彼らに接し、至近距離で黙々と観察している。 あっという間に時は過ぎ、彼女がバイトを終えて帰宅すると、そろそろ、一所懸命撞いていた客たちもマッタリとし始め、マスターが残った客らに話しかけた。「いや、ちょっとビックリでね。」 「何が?」あまりに唐突だったので、こう尋ねるのも無理はない。 「ミナミちゃんがね、凄い勢いでビリヤードに興味を持ち始めてるなあ、と。」 「もうそろそろ、かなあ?」「そろそろ教えた方がいいんとちゃうか?」 こうした話題は過去にも上ったが、ここへ来て一気に具体性を帯びてきた。 しばらく間が空いて、マスターがハッと思い出したように言った。「そうそう、今日、外人のお客が来てね。」 「ほうほう。」「なになに?」石黒やお嬢たちも話を聞きたがってカウンターの椅子に腰掛けて寄ってきた。 「外人がなんとかスティックがどうたらって言うもんだから・・・」 というと「ぜんっぜんわからない!」「ほんまにおっさんやなあ。」とお嬢や牛島が茶々を入れるものだから会話が進まない。 それを気にもとめないのがマスターだが、「オレ、英語なんかサッパリやから、ミナミちゃんに後を任せたんやわ。」 「ふーん。」 「そしたら、ミナミちゃんはジャンプ用の、あるやん、うちに。」とハウスキューとして置いてる短いジャンプキューを指さす。 「それじゃなかったの?」とお嬢が言うと、 「それが、ちゃうねん。」と首を振る。 「それで、や。今度はあの子、普通のハウスキュー持って行ってんけど・・・」 「ふんふん。」 「また違う、言うねん。」 「マスター、いったい何やったん?」と牛島が聞くと、 「まだ続きがあるねん。よう聞けや。」とマスターが続ける。「それでよく見たら、外人さんら、ラーメンの出前取っててんけど、箸がないなあって気づいて、割り箸持って行ったら喜んどったわ。」 「ああー!」とお嬢らは揃って声を上げた。自称ビリヤード博士の牛島は、「たぶん、ですけど。割り箸って英語でチョップ・スティックスって言うらしいですわ。」 「ああ。」と今度はマスターが声を上げた。 「で、ビリヤードのキューって英語ではキュー・スティックって言うから、勘違いしたんちゃいます? ああ、わかるわあ。」 この説明で皆が合点したようである。 「確かに、スティックってついて、チョップって言われたら・・・オレでもジャンプキューちゃうか?って思うわな。」とマスターが言うと、牛島も大きく頷いた。 「それより問題なんは・・・」マスターが続ける。「ミナミちゃん、確か外語大で英語か何かが専攻らしいねん。大丈夫かいな。」 皆が一様にうつむいたが、牛島が「そう言えば、アメリカ文学か何かって聞いた気がするけど。アメリカの文学で割り箸なんか出えへんのちゃうかな?」と言うと 「あの外人も外人やで。日本に来て英語で”割り箸”って変やっちゅーねん。フォークでええやん。」 フォローになっているかどうかはともかく、彼女があまりにのめり込みすぎて学業に支障を来すのではないか、と皆に心配をかけたようである。 話の途中から上の空だったお嬢は、「よし!」と言うと、「明日はミナミにビリヤードを教えるゾ!」と右手を高らかに挙げた。 他のメンバーは小さくパチパチと拍手するのみだったが、一度やると言い出したら聞かないお嬢のことだから、誰も反対などする訳がない。 誰もが佐倉のことを仲間として受け入れ、下の名、ミナミで呼ぶ人も徐々に増えてきた。あとは佐倉がビリヤードの楽しさをどう体感するかにかかっている、と皆そう思っていた。 「ビリヤードを好きになってくれるといいな。」声に出さずとも、思いは共通だった。 | 第一章 ビリヤード場へようこそ | -
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