レース・トゥ・イレブン 〜 毎週火曜日連載・ビリヤードの長編連載小説です 〜
第20話 常連たちの驚き
2011.04.19.Tue 07:00
JUGEMテーマ:連載
この日、佐倉はマスターの了解を得て、ビリヤードの解説書を何冊か借りて帰った。アパートに着くと後期授業の開始とともに住人たちも戻ってきていて、部屋に明かりが灯っている部屋が多くなった。といってもこの時点でアパートを解約して、もっと小ぎれいなワンルームに引っ越した学生もいたらしい。 隣室などからこぼれる生活音も「心地よい雑音」となって聞こえ、夏休み中の寂しさもどこへやら、すっかり活気を取り戻していた。 佐倉は布団の上で寝転びながら本を読んでいるうちにだんだん眠くなり、表紙をパタンと閉じて通学用のトートの中に押し込めて眠りについた。 翌朝の佐倉の隣には、彼女に「裏切り者」のレッテルを貼られたクラスメイトの可南子が座り、佐倉が授業の教科書に隠すように挟んだ「ビリヤードの本」が気になって、話しかけてきた。 「それ、何の本?」「えーと、ビリヤードの。」「ああ、ビリヤード場でバイトしてるんだっけ!?」そんな会話を小声でしていたが、教師のゴホンという咳払いによって中断させられた。 お昼休みになって、学食で一緒にランチを食べていると、また可南子の方から話しかけてきた。「ねー、彼氏もビリヤードやるのよ。ダーツだけじゃないんだ。」「へー。」佐倉が気の乗らない返事をするのは、自分の関心事で精一杯だからだろう。 「こないだ、あたしもビリヤードやってみて、おもしろかったよ!」「ふーん。」あまりに反応が薄いので、可南子は多少いらついたようだ。 「今度お店に遊びに行っていい?彼氏も連れて行くから。」「うん、いいよ。」佐倉は軽く返事をした。どうせ彼氏を自慢したいんだろうという魂胆が見え見えで、それでもまあいいだろう、と思ったのだ。 授業の内容は半分上の空で、ビリヤードの本もそれほど真剣に読んでいた訳ではなかったのだが、今まで知らなかったことがそれなりにわかるようになってくると面白い。常連たちの間で交わされる会話も少しわかってくる気がする。 授業が終わるといつものように堀川ビリヤードまで自転車で出勤し、アルバイトの時間が始まる。 店に到着するとまだお客は誰もいなかったので、最初は借りていた本を返してまた別の本を読もうとし始めていた。しかし、マスター夫妻も少しの間出払って本当に誰もいないと知ると、実際にキューを持ってみたりボールを並べたりしてみた。 特に後ろめたいことをしている訳ではないのに、なぜかコソコソと行動してしまう自分が滑稽に思えた。 そうして、また本棚からフォームの解説がわかりやすそうな本を取り出してきてページを開くと、これを台の上に置き、手球に向かってキューを構えるポーズをしてみた。もちろん初めてのことなので、いくら本を見ながらとはいえ、端から見ればへんてこりんなフォームかも知れない。 本に書いてあるように的玉もセットし、今度は手球から的玉に向かって・・・と考えながらキューを構えてみた。しかし、まだ手球を撞いてみる勇気が湧いてこない。何となく「ビリヤードらしい」雰囲気を味わっているだけである。「あの可南子ができるんだったら」との思いもあったかも知れない。今は誰もいないところでフォームを真似てみるだけで十分楽しかったのだ。 そうして、佐倉のちょっとした冒険は、お客の来店によって中断してしまった。キューやボールをそそくさと片付け、接客をしてからカウンターに戻り、またビリヤードの本の続きを読み始めてしまった。 ただ、以前と大きく違うのは、本を見ながら、お客がしているゲームの種類やフォームなどを観察しようとしていることだ。今までろくに見ようともしていなかったので気づかなかったことが、本と見比べることで随分とわかりやすく伝わってきた。 そのうちにマスター夫妻も店に戻り、常連客たちであふれかえるようになると、かつて佐倉にビリヤードをさせようと企んでいた常連たちは、彼女の変化を見逃さなかった。 「ひょっとしていよいよか?」との共通の思いが常連たちの間を駆け巡る。これまで誘いたい気持ち、教えたい気持ちをグッとこらえて紳士的に振る舞ってきた彼らのハートに、再び熱い想いがこみ上げてくるようだった。 「誰が最初に行動を起こすか?」「どうやって?」皆、口には出さないものの気になっていた事柄だ。世話焼きの石黒は本棚のビリヤード本が次々に読破されていくのを目ざとく観察しており、個人で持っている本をこっそり本棚に追加しておこうと企んでいた。 自称「世界一のビリヤード好き」の牛島は、彼女がキューを欲しがったらアドバイスしようとプランを練っていた。実際に試し撞きができるルートさえも頭の中でシミュレートしていたぐらいである。 しかし、彼らの目論見とは裏腹に、後からやってきて「すべての富をかっ攫っていった」のがお嬢だった。お嬢は天性の直感というべきか、その場の雰囲気を察すると、佐倉にある用事を頼んだ。「ねえ、ミナミちゃん!」明るく佐倉に声をかけると「もし仕事が空いてたら、ラックを組んでもらってもいいかしら?」 このとき、常連たちの間に戦慄が走った。 「その手があったか!」 佐倉は快く引き受けるとお嬢のテーブル専属となり、ナインボールのラックをひたすら組む係を引き受けた。ラックを組むのは始めてだが、置き場所が決まっているのは1番と9番だけであり、テーブルには丸いシールが貼られていて、その上に乗せていくだけでラックが組めるので、覚えるのは意外に簡単だった。 こうして、お嬢はますます練習に身が入り、佐倉はお嬢のプレイをじっくり間近で観察することができたので、お互いの欲求を満足させるハッピーな解答だったと言える。 さらにその後もお嬢と石黒が途中から合い撞きを始め、佐倉もバイトの時間いっぱいまでラックを組んで、二人に混じりながら楽しい時間を過ごすこととなった。 佐倉はこの日も一歩だけビリヤードに近づいた。 そして、その翌日には店のビリヤード本が明らかに増えていたのである。 | 第一章 ビリヤード場へようこそ | -
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