レース・トゥ・イレブン 〜 毎週火曜日連載・ビリヤードの長編連載小説です 〜
第19話 お嬢のビリヤード
2011.04.12.Tue 07:00
JUGEMテーマ:連載
中年男性の石黒は自分のキュー、プレイ用とブレイク用の2本を男らしく鷲づかみにしてお嬢のテーブルの方へやってくると、カフェテーブルにキューを軽く立てかけ、両肩をぐるぐると大きく回したり、屈伸運動などのストレッチを始めた。それもいつものことなのか、お嬢は石黒の方を見ようともせずに佐倉に目で合図して呼びつけた。「アイスオーレ、お願い。」自分の目をのぞき込むように言われると、佐倉の方も少し照れくさかった。「はい。」と答えると、またカウンターの方に戻っていき、やかんを火にかけるが、どうしても二人の方が気になってしまう。 黒板にはそれぞれ「石」、「マキ」という名前、その名前の中間には縦線、名前の下には横線が書かれて、上に「5」という数字。つまり5セット先取りのゲームだと誰の目にもわかりやすい。 彼らバンキングと言われる方法で先行を決める。つまりほぼ同時に反対側のクッションにめがけてショットして、手前のクッションにより近づけた方が勝ちとなる、本格的な順番の決め方だ。今回は真紀の方がクッションに近づけたので先行、つまり先にブレイクをすることができる。 真紀のブレイクは力強かったが、男性のものと比べるとややおとなしい感じだった。むしろ佐倉の目には優美に映った。 こうしてゲームがスタートすると、番号の低い順から順番に当てていき、最後に9番をポケットした方が1セットを取る。すごく単純なルールだが、ビリヤードの本を見ずしても、二人の一喜一憂がわかりやすかったので、それが失敗だったのかナイスショットだったのかぐらいは素人目にも明らかだった。 佐倉はやはり心の中ではお嬢を応援していた。カウンターではコーヒーの香ばしい香りが立ちこめ始めると、暖めたミルクとともにカップに注いでテーブルの方へ運んでいった。「お待たせしました。」と言いながら黒板の方を見やると、石黒の方は線が2本、お嬢の方は3本、つまり2対3でお嬢がリードしているのがわかる。 用事が一段落するともっとプレイそのものをじっくり見たいと思う。しかしながら、他の客の注文を聞いたりレジの精算をしたりと、あまり集中して見続けることはできなかった。ただスコアについてはお嬢が先に横棒を引いた時点で「リーチ!」と叫んだので、さらに有利になっていることは間違いない。 ビリヤードの難しさもおもしろさもまだよくわからない佐倉だが、それでも勝っている方が嬉しそうだったり、負けている方も楽しそうに見えるところが、以前よりもいい印象を与えていた。 ファールの時に手玉を動かしたり、球を外したときにターンが変わる様子、間違ってポケットしてしまったときに言われる「失礼しました。」など、見ているだけでもだいたいのルールは把握できてしまう。厳密にはそれだけでは無いにしろ、思ったより簡単なルールに思える。アルバイトのおかげで、どの色が何番か?というのはすでに覚えていたのも助けになっていた。 最初のゲームはお嬢が勝ち、石黒が「やはりお嬢には敵わんなあ。」と漏らしていたのを聞いて、「そうか、真紀さんの方が強いんだ!」と他人事とは思えずに喜ぶ佐倉。何より、自分と似た背格好の女性が、それよりがっしりした中年男を倒す様子が快感にさえ思えた。 テーブルの周りをぐるりと回り、鞭のように軽快にキューを扱って狙いに真っ直ぐ向かう。そのフォームも腰の辺りからテーブルに緩やかな曲線を描く。真っ直ぐ引いたあごがキューの上に覆い被さり、目線はしっかりと獲物を捕らえる。まるで豹のようにしなやかで鋭く。 対して石黒の方は上体をやや起こしたような感じで、あまり狙っていないように見え、それなのにズバッと球を入れていく。時には手玉が滑らかにテーブルを一周したり、派手目な球を撞く。初心者以前の佐倉にとっては、随分といい加減な狙い方だ、とすら映ってしまった。 どちらも1球を入れたらそれで終わり、ということではなく、やはり次の球が入れやすいところにポジショニングをしている。2ゲームの最後はお嬢がブレイクからすべての球を順番に落とした。つまりマスワリ(ブレイク・ランナウト)である。「やったあ!」と両手を高く挙げて喜ぶお嬢、それを間近に見ていた佐倉も単純に「凄い!」と思った。なぜなら相手に一度も撞かせずに最後を飾ったのだから。 佐倉の方も勤務時間が残り少なくなり、そろそろ帰ろうかというところへ、黒縁メガネをかけた若い学生風の男が近づいてきた。その姿を見るなり、お嬢は「ウッシー!久しぶり〜!」と小走りに駆け寄っていってハグをする。 「ウッシー」こと牛島は、まだ学生っぽさの残る社会人2年生である。自称「世界の誰よりもビリヤードを愛している」という牛島は、お嬢の大ファンでもあり、大のビリヤードマニアだ。さすがに憧れのお嬢からのハグは照れくさく、顔面が真っ赤になっている。 「マキ師匠、今日は、あ、あの・・・」緊張のあまり少々どもりながらも用件を必死に伝えようとする。「あの、今度ですね、大阪でペアマッチがあるんですけど、で、出ないですか?」と言って、チラシを見せた。 チラシには、プロや上級者同士の組み合わせ以外なら、誰とでもペアを組んで試合に出れることになっている。公式戦ではなく、お店のイベントとしてやるらしい。 お嬢はちょっと意地悪な目をして「じゃあ、ウッシー、一緒に出る?」とニコニコしながら尋ねると、「え? ボ、ボクがですか?」と牛島はしどろもどろになってしまった。 「考えておいてね〜!」とあくまで明るく誘うお嬢。試合は2ヶ月後とたっぷり時間はある。忙しくてビリヤードから少し遠ざかってしまったお嬢にやる気がみなぎっているのも無理はないだろう。 佐倉もチラシをまじまじと見ていたが、このときはまだ自分に関係があるとは全く思っていなかった。 | 第一章 ビリヤード場へようこそ | -
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