レース・トゥ・イレブン 〜 毎週火曜日連載・ビリヤードの長編連載小説です 〜
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    第17話 気になるビリヤード
     JUGEMテーマ:連載

     佐倉が次に真紀に会う機会、それは翌日にやってきた。佐倉にとっては特別な時間のようだったが、真紀にとってはごくありふれた日常であり、そして真紀がいる店の雰囲気そのものも常連たちにとってはごく当たり前の光景だった。
     それがもう少し早い時間帯だったら、と佐倉は思うのだが、二人が出会う時間帯は夜の8時を挟んだわずかな時間のみで、やはり店の前に停めてあるバイクのキンキンと冷えていく音がおさまるか否かぐらいのタイミングで、佐倉は店を後にするのだった。


     そうしているうちに夏休みも終わり、明日から後期の授業が始まるという頃に、店の「ゴッドマザー」ことマスターの奥さんが退院して戻ってきた。
     佐倉がいつものように出勤すると、お店の中にはマスターと奥さんがすでに店を開けていた。カランとドアを開けると、やや小柄で小太りで、アニマルプリントのド派手なTシャツにくるくると巻いたパーマを派手な紫色に染め上げていて、いかにも「関西のおばちゃん」という出で立ち。染め上がった雰囲気から察するに、先に美容院に行ってから店の方に来たのだろう。一目でゴッドマザーとわかるような「おばちゃん」が佐倉の方を振り返り、すぐさま小走りに駆け寄ってきて、「長い間ありがとうね。」と満面の笑みで握手してくる。

     佐倉の方は、入院して少しやつれた様子を想像していたが、現れたのはいかにも元気そうでパワーがあふれていて驚いた。こうしたときにふと、どう言葉をかけていいのか、お見舞いの言葉に戸惑う佐倉だったが、「もうお加減いいんですか?」という言葉が頭に浮かんで、それをそのまま口にした。
     そうすると奥さんは「ええ、おかげさまで。」と目尻にしわをたっぷり寄せて笑顔を見せる。そして手のひらをスッと口のそばに寄せると、ひそひそ話でもするように「ホントはもうとっくに良くなってたんだけど、しばらくゆっくり休んでいようと思ってね〜。一週間だけ退院を延ばしてもらったの。」と茶目っ気たっぷりに佐倉にウィンクして見せた。
     「ははあ。」と佐倉も苦笑しながら少し圧倒されてマスターの方を見やったが、その会話が聞こえてかどうか、口元が少しほころんでいるように見えるのだった。

     奥さんが戻ったその瞬間に物事が流れるように進み出し、少しくすんできたビリヤードのボールは大布の中で転がすように磨かれピカピカに。各台に設置された黒板も隅々まで掃除されてより黒々ときれいになった。
     「あなた、私がいないと本当にダメね。」と奥さんがマスターに言うのもうなずけるほど、店内がきれいに輝きを取り戻してきた。本当に昨日まで入院していたのが嘘のような働きぶりだ。

     店の掃除が一段落つくと、茶封筒に入れられた8月分のお給料は佐倉に手渡された。9月からの簡単なシフトも決められた。あくまで学業に無理がないようにとのことで、お店が混む週末を中心に、これからは夜が中心の勤務時間になる。

     そして、その日の夜の店内はは活気づいていた。いるべき人たちが揃っている感じで、この店の本来の姿はこうなんだ、と新入りの佐倉さえもが思うほどの明るい雰囲気。ゴッドマザーやマスターを中心に会話も笑顔も絶え間なく、客たちがひっきりなしに球を撞いたり飲食をしたり楽しんでいる。

     ゴッドマザーこと奥さんは、佐倉の仕事ぶりを端で観察していて、仕事の合間を見てはときどき話しかけたりしてくれたので、佐倉にとってもすごく気が楽だった。
     そしてまたひそひそ話をするように、「私ね・・・」と佐倉に話しかけると、「実はビリヤードは大っ嫌い。」とにっこりと微笑む。佐倉がキョトンとした表情で「えっ?」と声に出すと、「時間が朝までとか、不規則でしょ。美容に悪くって。」と、またもやウィンクをして見せる。
     お客の要望があれば朝まで店を開けているらしい、ということを佐倉はこのとき初めて知って驚いた。そう愚痴をこぼすものの「でも、マスターがビリヤード、大好きだからね、三十年も一緒にやってるの。」という言葉に愛情や暖かみを感じ、微笑ましく思う。


     そうこうしているとあっという間に時間は過ぎ、この日も帰り際に真紀がやってきて、佐倉はほんのわずかな時間だけ真紀の方を観察していた。真紀は革製のジャケットをハンガーにかけると、歓談の時間を惜しむかのように、すぐさまキューを取り出してテーブルに向かう。佐倉にとってはここのところお馴染みの光景だが、少し「違い」を感じ始めていたのだ。
     他の常連たちはすぐに常連同士でゲームを始める。一方、彼女だけはいつも一人でテーブルに向かい、テーブルの真ん中にカラーボールを置いて一人で練習らしきものを始める。実のところ、佐倉は真紀がゲームをしているのを未だ見たことがない。
     そして、真紀がテーブルに向かっている姿も表情も真剣そのもので、他の常連客とは少し雰囲気が違う。楽しい、というのとはちょっと違う感じがする。

     気になりながらも店を後にする佐倉。明日からは学校も始まり、アルバイトも夜の勤務となって新しい日々が動き出す、少し慌ただしい夜だった。
     
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      | 第一章 ビリヤード場へようこそ | -
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        -- あらすじ --
        この物語は、主人公−佐倉がビリヤードを通じて様々な人と出会い、成長する様を描いていきます。 大学に通う一年生の佐倉は、同じ京都で間借りしている部屋の大家を通じ、ビリヤード場で働くことになります。人と接することが苦手で、自分の殻にこもっている彼女の心を、店の常連客らが徐々に開いていきます。 アットホームな雰囲気、厳しい先輩プレイヤーやプロの存在によって彼女の心境が変化していき、本格的なプレイヤーに成長していきます。やがてビリヤードがなくてはならない存在になり・・・。 序章で見せた佐倉の涙の意味するものはいったい・・・? これから始まるビリヤードのドラマに、しばしのお時間お付き合いください。

        -グーバーウォーク-



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