レース・トゥ・イレブン 〜 毎週火曜日連載・ビリヤードの長編連載小説です 〜
第16話 お嬢、登場
2011.03.15.Tue 07:00
JUGEMテーマ:連載
そのとき店にいたほぼ全員が「堀川ビリヤード」の入り口に向かって振り返った。デザインガラスの凹凸が外の光を乱反射させ、内外の状況をわかりにくくさせていた。ドアが引かれてカランという鈴の音が聞こえたかと思うと、その隙間から黒っぽい姿と赤いスカーフが見え、そして顔が白っぽく明かりに照らされてくっきりとその姿が浮かび上がった。さらにドアがぐいっと押し開けられて、すらっとした細身の若い女性が全貌を現した。 「おはようございます。」と店に入るなり彼女は挨拶をし、周囲を一望してゆっくりとカウンターのある店の奥へと進んでいく。黒いレザーのジャケットに、同じく黒のレザーパンツが彼女の体にフィットしてボディラインを強調するかのように包み込む。右手に持ったガンメタ色のヘルメット、バイク用の黒いロングブーツ、先の方がくるりと巻いた長い髪、そして丁寧にメイクアップされた美しく気高そうな面持ちが、周囲を圧倒するかのような存在感を示していた。まるで、彼女のためにこの空間が存在するかのような、そんな風に佐倉は感じていた。 彼女が奥のカウンターにいたマスターに挨拶をすると、「よう、久しぶり。」と相変わらずの素っ気ない返事をするマスター。くるりときびすを返し、世話焼きの常連、石黒の方に近づいてきた。その場に射すくめられたようになっていた佐倉のそばを通る彼女とともにやってきた微風は、高級そうな香水の香りを佐倉の鼻腔へと運ぶ。「なんてきれいな人なんだろう。」。佐倉はそう思った。同性でありながら、そばを通っただけでこんなにドキドキするのは初めての経験だった。 石黒と彼女の会話がしばらく続き、佐倉もその場に居合わせて話に聞き入っていたが、要するにこういうことだ。彼女は皆から「お嬢」と呼ばれ慕われているこの店の常連で、しばらくは店を留守にしていた。彼女は化粧品会社に勤めていて大阪のデパートでの新規立ち上げに関わっていたため、大変忙しくしていた。そのためしばらくの間はビリヤードどころではなかったのだが、ようやくその仕事も落ち着いてきたので、店に顔を出すことができた、と。 そうした一連の会話が終わると、彼女は佐倉の方を振り返り、あらためて挨拶をした。「はじめまして。真紀と言います。」とお辞儀をし、顔を上げるなり「あなたは?」と問い返す。佐倉はその名の通り「佐倉です。」と答えたが、真紀の方は首を横に振り、「下の名前は?」と間髪入れずに問いただす。 そう言えば下の名を尋ねられることはいつ以来だろう?佐倉はそう思いながらも「南です。」と答える。真紀は「佐倉南、サクラミナミ、・・・」とぶつぶつ言いながら天を見上げていたかと思うと、「南ちゃん? ひょっとして野球部のマネージャーか何かしたことない?」と唐突に尋ねてきたが、佐倉が狐につままれたような表情で「いいえ。」と答えると、真紀は少々不満そうな表情をしていた。 明るい性格の真紀は、「ま、いっか。あたしのことはマキか・・・、うーんと、ほかの人みたいにお嬢・・・でもいいけど、そう呼んでね!」と笑顔で言うと、唐突に佐倉の右手を両手で掴み、しっかりと握手を交わした。少々雑な挨拶ではあるが、こうやって握手を交わすこと自体、佐倉にはあまり経験がなく、照れくさいような嬉しいような、そんな風に感じていた。 「はい、こちらこそよろしくお願いします。」と、佐倉は軽くお辞儀をする。これまでビリヤード場でいろんな人に出会ってはきたが、出会いそのものがここまで印象づけられることはあまりなかった。何より大人っぽくてファッションが洗練されている一人の女性としての憧れが、佐倉を強く惹きつけた。 真紀はカウンター横にあるプライベートキューのラックから、艶やかな一本のキューをさりげなく取り出してテーブルに向かい、レザージャケットのジッパーを開いて、ブランドものの白い高級そうなTシャツ一枚になると、軽やかにキューを捌き、テーブル上のボールを次々とポケットしていった。その姿がまた絵になるようなカッコ良さで、周囲の目を十分に惹きつけていた。 佐倉はまだまだ見ていたい気持ちを残しながらも、ビリヤード場のドアを開き、薄暗い外の空間に身を差し出さなければならなかった。いや、出なくても良かったのだが、アルバイトの時間が終了していたので何となくそんな気がしてしまっていたのだ。 佐倉が店の外側に出ると周りの景色は普段とほとんど変わりのないいつものそれで、ドアの内側から外へは明るい光が漏れ、目映いようにも感じられる。ドアの前で少しの間、佐倉はその雰囲気を味わい、ドアの横に停められたバイクに目をやった。佐倉にはバイクの種類はよくわからないが、手入れが行き届いているかのようにピカピカに輝いており、バイクの赤い燃料タンクには「DUCATI」の文字が刻まれていた。暖まったエンジンが冷めていくキンキンという音がわずかに聞こえ、さっきのエンジン音をまた思い出すとドキドキする気持ちが再び呼び起こされる。真紀がこのバイクにまたがっている姿を少し想像しながら、佐倉は店を後にした。 次に会うのはいつだろう?そう思いながら、寝床についてからもなかなか寝付けず、次の出勤が待ち遠しく感じてしまう。そんな自分がとても不思議に思える佐倉だった。 | 第一章 ビリヤード場へようこそ | -
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