レース・トゥ・イレブン 〜 毎週火曜日連載・ビリヤードの長編連載小説です 〜
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    第15話 夏の終わりに
     JUGEMテーマ:連載

     8月が終わるというのに、真夏のような暑さが続いていた。ビリヤード場はエアコンが効いていて快適そのもので、夏の暑さに弱い佐倉にとってはエアコンのないアパートの自室よりもはるかに過ごしやすい職場だった。
     いつものように大家と出勤し一通りの開店準備を進めると、お客が現れるまでの間は白い布がけのソファに二人して座り込み、佐倉は店の蔵書のマンガ本を、大家は新聞を読んでいるか買ってきた小説を読みふけっているか、といったところだ。
     常連たちに腕前を披露した、テトリスを含むゲーム機は元の場所に収められ、店としては普段の平穏を取り戻していたが、ここのところ変わったことと言えば、店のマスターがちょくちょくと昼間にも店に現れるようになったことだろう。


     「そうそう。」とマスターが二人に話を切り出した。大家と佐倉は揃ってマスターの方に振り向いた。「今までご苦労だったけど、家内のやつもだいぶよくなってきたんで、そろそろ店の方に戻ってこれるんだけどね。」
     そう言うとマスターは佐倉の方を見て、「佐倉さんね、どうかな?」

     「え?」と佐倉は問い返した。うすうすは感づいているが、とうとうそのときがやってきたのだろうか。マスターの奥さんが入院していたことも半ば意識から遠のいていたのだが。

     「いや、バイトの件だけど、すごく助かっててね、ありがたいんだけどね。」と遠回しに言おうとすると、大家が割って入って、「なんだい、やきもきするね。ハッキリ言いなよ!」とやはりせっかちぶりを発揮した。
     「つまり、アレだ。」マスターの方も焦って言おうとして余計にしどろもどろになる。「もうすぐ学校も始まると思うし、家内の方もまた店の手伝いをするようになったら、バイトはしなくても大丈夫なんだけどね。」
     やはり要領を得ない会話に大家の苛立ちは隠せない。無言の圧力の中で額に汗をかきながら、マスターも必死に要点を伝えようとしていた。「要するに・・・」と言いかけて軽く咳払いをして続けた。「引き続いてアルバイトをやってもらえたら助かるんだけどね。」
     こう告げると、大家は「ああ、そっちかい。」と言い、「てっきり・・・」と続けようとした言葉をぐっと飲み込んだ。佐倉の方も大家の言わんとすることがよく理解できたし、せっかく覚えた仕事が短期間で終わってしまうのはもったいないと思っていた。
     「一週間ほどよく考えて、結論が出たら言ってください。」とやたら丁寧な言い方をしたと思ったら、逃げるようにそそくさと店を後にした。

     マスターが出て行くなり、「本当に、肝っ玉が小さい男だね。」「勤務時間も変わるだろうに、肝心なことは何にも言っていかなかったけど、いいのかね。」と大家は呆れ顔で佐倉の方を見やる。
     佐倉は「この店の雰囲気にも馴染んできたし、学校に差し支えなければ出来れば・・・」と言いかけ、大家がコクリと頷くのを見て、自分も頷いて見せた。


     マスターの奥さんが復帰する話と佐倉のバイトがどうなるかわからない、という不確かな噂は瞬く間に夜の常連たちの間に広まっていった。
     兄貴分で世話焼きの石黒と、若手の中で一番威勢のいい池田の二人は、二回りほどの年の差があるのに非常に仲がいい。店のソファで夕食をとりながらの会話には、当然のように佐倉の今後の話が浮上した。
     「あの姉ちゃん、残ってほしいなあ。ゴッドマザーはもっと入院しとったらええのに。」と池田が言うと、石黒は「そんなこと言うモンちゃうで。」とたしなめる。
     「あれで球撞いてくれたら言うことないのになあ。」と、もはやタブーになっている話題をぶり返そうとする。
     石黒の方は出前の中華定食を食べながらしばらく黙っていたが、思い出したように「そういや奥さんのカレー、また食べたいな。」と漏らす。マスターの奥さんが入院してからというもの、店の食事を作る人が不在で、もっぱら常連客は出前に頼らざるを得なくなっていた。
     その言葉に反応して、池田が「ああ、あのカレー!」と大げさに吠える。「カレー食べたくなってきた!」と言うと、石黒が「お前、今飯食っとるやんけ。」と鋭くつっこむ。さっきまで威勢がよかった池田が妙に真剣な顔つきで「そうやなあ。やっぱりゴッドマザーあってのココやなあ。」としみじみと言った。「でも」と言いかけて、残りの飯をかっ込んでグラスの水を飲み干すと、「やっぱりバイトの子が残れへんかな。署名運動でもするか。」とちょっと寂しげに言った。

     元々どちらか一人しか残らないという話ではなかったのだが、ハッキリしない噂話となかなか本人に聞きづらい事情とが相まって、当事者の思いをよそに、噂だけが一人歩きしてしまっていた。


     次の日になり、マスターはだんだんとせわしない日々を送るようになった。退院のための手続きをしないといけないことや、日中に店に戻れるようになり、大家が来なくてよくなった分、本来の仕事もしなくてはならなくなったからだ。そうこうしているうちに、佐倉の回答を聞きそびれてしまい、なおさら常連たちをやきもきさせる結果になってしまった。
     
     さらに2日後、とうとう佐倉の口からマスターにアルバイト継続の意志を伝えることができた。晴れて正式に決まったことで、常連たちの間にも安堵のため息が漏れた。もう少し決定が遅かったら、本当に「佐倉残留」のための嘆願書が集まったかもしれない。


     常連たちのやや不安な表情に明るさが戻り、佐倉も帰りの身支度をして、そろそろ店を後にしようとしていた。いつものように兄貴分の石黒が「佐倉ちゃん、お疲れさん。」と言って、テーブル上の球に向かって構えようとしていた時である。球を撞こうとしていた石黒がふと上体を起こしてキュー尻を床につけた。直立したまま何やら耳を澄ませている。
     ドルルルルという音が店の外から聞こえ始め、次第に大きくなってきた。「お嬢や・・・」と石黒が呟いた。

     佐倉は訳もわからずに石黒の方を見ていたが、その兄貴があごで反対の窓側を指示した。佐倉が振り向くと「ドッドッドッ・・・」という大きな音とともに窓ガラスがパアッと明るく照らされ、カチッという小さな音とともにその音が鳴り止んだ。窓を照らしていた明かりがサッと消える。佐倉は、何が起きたかという不安と、鳴り響いていたエンジン音に強く揺さぶられたかのように、自分の心臓の鼓動を抑えることができなかった。

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      | 第一章 ビリヤード場へようこそ | -
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        -- あらすじ --
        この物語は、主人公−佐倉がビリヤードを通じて様々な人と出会い、成長する様を描いていきます。 大学に通う一年生の佐倉は、同じ京都で間借りしている部屋の大家を通じ、ビリヤード場で働くことになります。人と接することが苦手で、自分の殻にこもっている彼女の心を、店の常連客らが徐々に開いていきます。 アットホームな雰囲気、厳しい先輩プレイヤーやプロの存在によって彼女の心境が変化していき、本格的なプレイヤーに成長していきます。やがてビリヤードがなくてはならない存在になり・・・。 序章で見せた佐倉の涙の意味するものはいったい・・・? これから始まるビリヤードのドラマに、しばしのお時間お付き合いください。

        -グーバーウォーク-



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