レース・トゥ・イレブン 〜 毎週火曜日連載・ビリヤードの長編連載小説です 〜
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    第13話 常連たちの企み(1)
    JUGEMテーマ:連載
     

     ビリヤード場でのアルバイトを始めて一週間も経過する頃には、佐倉は毎日来店する常連客の顔と名前もだいたい記憶し、開店の準備に始まって店主と交代する夜間までの間で必要な仕事は、一通りこなせるようになってきた。この間に特に大きなトラブルが起きることもなく、突発的な用件は店主に携帯電話で問い合わせることで片付くことが多かった。



     佐倉の方は、店主から空き時間を自由に使っていいと聞いていたため、仕事に慣れてくると早々に、店に持ち込んだ夏休みの課題に取り組んでいた。レジのある奥のカウンターのテーブルはあまり広いとは言えなかったが、課題の一つである英文学の書籍と分厚い辞書、メモを取るためのノートを辛うじて広げる分には十分と言えた。
     時折、騒々しいこともあったりテーブルの掃除や場代の精算で手を取られ、作業を中断させられることはあるものの、自宅のアパートにいるときよりも適度な雑音があってかえって集中できる気がした。

     ビリヤードのプレイ中に聞こえる様々な音、ブレイクのドカーンという炸裂音やポケットするときの音、客のおしゃべりなどは、川のせせらぎほど心地よいものではないにしろ、都会の喧噪のそれよりもずっと快適な性質のものに感じられていたに違いない。

     むしろ佐倉にとって困ったのは、ビリヤードのお誘いの方だった。一番よくあるのは「一緒に撞いてもらえませんか?」「暇だったら相手してもらえませんか?」といったたぐいのもので、そうしたときにどうやって断ろうか?と思案したものだが、「課題に熱中しているフリ」をすることでだんだんと声をかけられなくなり、課題の方はますます順調に進んでいくのだった。


     しかし、常連客の中でも中高年の男性たちは熱心に佐倉の気を引こうと懸命だった。「よっしゃ、今から曲球やるぞ、見とけよ!」と大きめの声を出して、1回のショットで的球が3つや4つ入るものからバタフライと言われる6個同時インのものまで、カウンターの奥にいる佐倉の方をチラチラと窺いながらテーブルに球をセットしやってみせる。
     だが佐倉の方は全くの無関心を決め込んでいて、テーブルの方を見ようともしない。見てもらえない以上、常連たちのテンションも下がっていき、だんだんとそうした懸命の努力もされなくなってきた。
     中にはやや強引にビリヤードをやらせようとする者もいたが、かえって突っぱねられるようで逆効果だった。

     かと言って、全くのコミュニケーションが無いかというとそうでもなく、「姉ちゃん、何やってんの?」と問いかけると、「学校の課題です。」とそれはハキハキと答えたりする。世間話には応じてくれることもあれば、関心がなければ「ちょっとわかりません。」と首をかしげられることもある。
     ビリヤード場の店員でビリヤードを全くしないというのは、奇妙なことかも知れない。ダーツを置いている店ではそのようなこともあるだろうが、この店にはダーツマシンが無いのだ。


     さらに一週間が過ぎた。佐倉にとっては困った事態になってしまった。あまりに順調に課題が進んでしまったので、とうとうやりきってしまい、本当にやることが無くなってしまったのだ。しょうがないのでこの店に置いてある本棚に目をやると、大量のマンガ本、ビリヤード雑誌やビリヤードのハウツー本などが置いてあった。マンガの単行本は主に少年向け、男性向けのものばかりで興味のそそらないものも多かったが、接客の合間の時間を潰すには贅沢は言ってられない。テレビアニメにもなったような有名な作品もあったので、まずはそれから手を付け始めた。

     ところが常連客からすれば、マンガを読んでいるぐらいなら暇なんだろうと思い、ビリヤードに引っ張り込みたくなる気持ちが再燃する。

     「どうにかビリヤードをやらせられないものか?」というのが、常連同士の話題にたびたび登場するようになってきた。そして、「いったい誰がビリヤードに誘うことに成功するか?」というところにまで発展し、常連たちの一大関心事になってしまった。

     佐倉の帰宅すると夜間の常連たちも加わって一緒に作戦立案し、それを早い時間帯の常連たちが実践するプランを練る。半分冗談で半分本気で考えている。深夜組の中には、「佐倉という女の子」がどんな子なのか、を見たさに仕事を早めに切り上げ、わざわざ様子を伺うほどの熱心さだ。
     奇妙なことに、これまでは来客がそれほど多くなかった夜8時までの時間帯にも多くの客が訪れるようになってきた。普段は家で食事を済ませてから来店するのに、先に店に来てからそこで食事をするものさえいて、にわかに店が活気づいてしまった。


     常連客は、いかにも楽しそうな風を装って、自分たちの輪の中に入ってもらおうと、あの手この手の努力をする。あくまで自発的にビリヤードに目を向けてもらおうという姿勢で無理強いはしない、という常連間の取り決めが出来ている。そうは言っても常連たちの思惑にはなかなかはまってはくれない。


     たまりかねて常連客の一人が佐倉にこう尋ねた。
     「ねえ佐倉さん、どうしてビリヤードしないの?やりたくないの?」




    次号『第13話 常連たちの企み(2)』をお楽しみに。
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      | 第一章 ビリヤード場へようこそ | -
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        -- あらすじ --
        この物語は、主人公−佐倉がビリヤードを通じて様々な人と出会い、成長する様を描いていきます。 大学に通う一年生の佐倉は、同じ京都で間借りしている部屋の大家を通じ、ビリヤード場で働くことになります。人と接することが苦手で、自分の殻にこもっている彼女の心を、店の常連客らが徐々に開いていきます。 アットホームな雰囲気、厳しい先輩プレイヤーやプロの存在によって彼女の心境が変化していき、本格的なプレイヤーに成長していきます。やがてビリヤードがなくてはならない存在になり・・・。 序章で見せた佐倉の涙の意味するものはいったい・・・? これから始まるビリヤードのドラマに、しばしのお時間お付き合いください。

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