レース・トゥ・イレブン 〜 毎週火曜日連載・ビリヤードの長編連載小説です 〜
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    第12話 大家の長い一日
    JUGEMテーマ:連載

     ほろ酔い気分の二人が「堀川ビリヤード」を後にし、心地よい夜風に当たりながらアパートへと歩いて行く。佐倉にとっては今日の一日は充実したものだった。アパートの玄関を開けると、大家に「ご馳走様でした。おやすみなさい。」とだけ告げて、2階の自分の部屋に入るとなだれ込むようにしてそのまま布団へ顔を埋めて寝てしまった。

     

     大家の方も、いろいろと気にかけていたことがいい方向に転んでいるのを快く思っていたので、静かにアパートの戸締まりをすると、自宅の方へ、やはりすらっと背筋の伸びた歩き方で帰っていった。大きな屋敷の古い木戸の勝手口から入ると、バタンと戸を閉め中へ消えていった。

     翌朝、大家はいつものように6時には起きていた。いつものように決まって門掃き、打ち水をしているとご近所さんが挨拶をしていく。用事が済むと朝刊を持って母屋の中で紙面をさっと斜め読みし、畳んでは母屋を出て庭の植木に水を撒き、一息ついて納屋の方に入っていく。

     納屋だけでも一人二人は住めそうなぐらいの広さがあるが、さすがに物が雑然として置かれていて、いかにも古そうな年代物の箪笥や書棚、格子の入ったガラス窓、これまた古そうなカーテンが吊り下げられていて、その中央には古いビリヤードテーブルが置かれていた。
     これも日課で、大家は陶磁の大きな花瓶に無造作に放り込んだビリヤードのキューを一本取り出し、15個のボールを組んで端っこから崩すようにボールを次々とポケットしていく。いわゆる14−1(フォーティーン・ワン)というゲームをしている。
     14−1と言えば映画「ハスラー」でも登場する非常に古いゲームの種類で、どのボールをどのポケットに狙ってもよく、ポケットした個数を競うゲームで、基本的にはコールショットである。
     一人で撞いているだけなので特に誰にもコールをする必要がないので、黙々とゲームが進んでいく。そのスピードは速く、構えては撞き、撞いては構え、あまり考え込むこともしなければ、予備のストロークでキューをしごく仕草さえ見当たらない。
     誰かがこれを見ていたとすれば、「この球はこう撞くモンだ。」という声さえ聞こえてきそうに思えただろう。

     日課としてやっていることなので特に目標を決めている風でもなく、1時間も経たないうちにゲームを取りやめてテーブルやキューを片づけると、当たり前のように納屋を出て戸締まりして出て行く。屋敷の表には「相田」という表札がかかっていた。屋敷も十分に広いが、周囲に点在する店や住居の土地、建物も多く所有しており、この辺の大地主といったところだ。

     表に出るとちょうど小学生らがラジオ体操のために登校中で、「おはよう」と声を掛け合う姿がよく見られる。大家は朝の一番活気のある時間帯に外を出歩くのが好きで、まずは昨日の喫茶店に入りモーニングセットを注文すると、次々に入ってくる近所の年配者との世間話に花を咲かせる。話しているうちに時間が経ち、9時を過ぎたぐらいに喫茶店を出てアパートに向かう。夏休みでなければ、たいていは学生たちが出払った後で、掃除をするなど都合が良いのだろう。

     アパートの新聞も取り込んで中に入ってみると、ちょうど佐倉が起きたところだった。まだ寝ぼけていそうな佐倉が頭をかきながら「おはよう、大家さん」と話しかけてきた。
     「ああ、おはようさん。二日酔いにならなかったかい?」
     「うん、ちょっとだけ残ってそうだけど・・・」
     「今日からだけど、大丈夫かい?」
     「うん、頑張ります!いろいろ教えてください。」佐倉は長めの髪を振り乱すほど勢いよくお辞儀をした。
     「うんうん。心配することはないよ。」そう告げると掃除でもしようとした大家が思い出したように、「ああ、そうそう。」と言って佐倉が振り返るのを見届けると、「お客さんがいないときは暇だから、宿題でも何でも、待ってる間にすりゃいいからさ。」
     それを聞いた佐倉は、夏休みの課題があるのを思い出し、「ありがとう。」と言い残して自分の部屋に駆け上っていった。

     大家はさらにいろいろ用事を済ませ、アパートを出ると近所のパトロールをするかのように、ふらふらと歩いて行ってはいろんな人に話しかけていった。


     近くの商店を回って買い物を済ませると、簡単な昼食を作って食事を済ませ、また庭の手入れや掃除をしているうちにそろそろ佐倉を誘う時間になってきた。
     アパートに着くと佐倉の方も用意しており、「そろそろ行くよ」と声をかけて開店の30分ほど前にビリヤード店に到着した。

     店主から借りた鍵で扉を開け、中に入ると外の日光が入り込んで店内は明るかった。大家にとっては見慣れた風景だったが、佐倉にとっては新鮮で、かつ緊張する風景だった。
     全ての窓を開けて掃除をする。大家は作業を指示するだけで働くのは佐倉だ。ゴミを集めて出したり、ホワイトボードをきれいに拭くなどして開店前の準備を進める。レジの小銭を用意したり、やることは非常に多い。真夏の暑い日だったので、窓を閉めた後はエアコンをかけて、やや涼しい中で作業が出来たのは佐倉にとって幸運だった。
     テーブルのブラシ掛け、レールのぞうきんがけ、濡れオシボリを用意したり、麦茶を沸かして冷やしたり、「暇だと思っていたら、こんなに大変ものなの?」と佐倉自信がしょげそうになっていた。

     しかし、ひとたび開店すると、客が来るまではそんなに忙しくなく、大家が「だいたいこんなものでいいんじゃない?」と言ってくれたので、ようやく一息つくことができた。
     最初の客は高校生や大学生らがぽつりぽつりと。初めてビリヤード場での接客をしたが、緊張はしたものの大家のアドバイスもあって特に問題もなくこなすことが出来てきた。
     まだ夏休みの課題のことまで気が回らず、お客の顔と名前を覚えたり、お勘定の計算を間違わないようにすることで精一杯だった。
     大家の方は、ソファに座ったままで昼寝をしているかのように見えることもあれば、どこかにふらっと出て行って、知らない間にまた戻ってきていた。

     店主が戻る8時半までの時間は長く感じられたが、少し慣れてくると緊張も解けてきて、何となく居心地の良さを実感する佐倉だった。

     店主が戻ってくると、大家に「ホント、助かりましたわ。で、佐倉さんはどうでした?」と尋ねる。大家は大家で、「問題ないと思うけど、佐倉さんはどう?つらくなかった?」とバイト初日を気遣ってくれている。
     「いえ、たぶんやれると思います。」と、大げさではなく本心でそう答えた。実際に5時間ほどの労働だったし、これぐらいなら無理なくやっていけそうだった。
     「そう。本当にお疲れ様。また明日からも頼みますわ。それと、ビリヤードをやりたくなったら、奥のテーブルだったら自由に使ってくれていいから。」と入って右奥のテーブルを指差して佐倉に伝えた。
     「はい、ありがとうございます。」こう答えたものの、佐倉の方は特にビリヤードに興味がある訳では無く、自分にはあまり無関係だろう、と思っていた。

     大家と佐倉は店を出ると、また一緒に食事に出かけた。そうして昨日のようにまた小料理屋での飲食が済ませ、気がつくと夜の10時を過ぎそうだったので、急いで帰宅してそれぞれの寝床に散っていった。
     

    次号『第13話 常連たちの企み(1)』をお楽しみに。
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        -- あらすじ --
        この物語は、主人公−佐倉がビリヤードを通じて様々な人と出会い、成長する様を描いていきます。 大学に通う一年生の佐倉は、同じ京都で間借りしている部屋の大家を通じ、ビリヤード場で働くことになります。人と接することが苦手で、自分の殻にこもっている彼女の心を、店の常連客らが徐々に開いていきます。 アットホームな雰囲気、厳しい先輩プレイヤーやプロの存在によって彼女の心境が変化していき、本格的なプレイヤーに成長していきます。やがてビリヤードがなくてはならない存在になり・・・。 序章で見せた佐倉の涙の意味するものはいったい・・・? これから始まるビリヤードのドラマに、しばしのお時間お付き合いください。

        -グーバーウォーク-



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