レース・トゥ・イレブン 〜 毎週火曜日連載・ビリヤードの長編連載小説です 〜
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    第11話 静まりかえったビリヤード場で
     ビリヤードを趣味とする人ならともかく、一般人にとっては決して入りやすいとは言えない店の内側。一歩足を踏み入れるとこれほど快適な空間はないのだが、いかにも昭和初期を思わせるかのような外観、さらには「玉」と書かれたガラス戸には、レトロというよりも「玄人っぽさ」を強く主張しているようにも見受けられる。

    JUGEMテーマ:連載
     

     大家と、そして引き続いて佐倉がガラス戸の中の空間に歩を進めると、入り口から奥に、そして右側へと、L字をなして広がる店内に5台のビリヤードテーブルが静かに並んでいた。正面の奥にはキッチンとカウンター、そしてこれまた使い古されたレジの機械があり、表からうっすらと見えた明かりがこのキッチンの蛍光灯のものであることがわかる。
     本来ならビリヤードテーブルそれぞれの上に灯っているはずの蛍光灯は全て消えていて、ぶつかり合って軽やかな音を奏でているはずのボールもキューも、暗がりの中では沈黙を保っていた。

     中にいたのはこの店の店主で白髪交じりの小男、そして常連客と思われる20歳前後の若い男性、中年男性の3人だった。静まりかえった店内で静かに話しをしているところに入ってきた格好だ。

     「ちょっとね、中に明かりが見えたもんでさ、寄ってみたよ。」と大家が話しかけた。「奥さん、大変だったんだね。」

     3人が一斉に二人の方を見た。少しの間を置いて店主が静かに答えた。「こんなことは生まれて初めてで・・・ね」疲れきった様子で、ふうとため息をつきながら続けた。「カミさんがまさか倒れるとはね。今日は面会時間が終わったもんで、店に戻って閉店の張り紙をして、いやあ、参ったよ。」

     「で、案配はどうなのさ?」大家の単刀直入な問いかけにも慣れているのか、店主はすぐさま答えた。「こないだから不整脈がするのとか、病院に行けっつってたんだけども、急に苦しみだしたんで救急車呼んで府立病院に運ばれて、検査してみたら狭心症だっつんで、今のところは様子見ってとこだな。」「まあ、何も無ければ明日にでもICU(集中治療室)から一般病棟に移れるって聞いてはいるんだけど・・・。やっぱり年が年だけに心配ですわな。」

     うんうんと話しに耳を傾けるのは主に年配者で、この中でも若い二人には病気や入院の話しはピンと来ない様子だった。

     そうした暗い雰囲気に耐えられないのか、常連客の若い方がキューを構えるような仕草をしながら言った。「マジでよォ、ここんトコ調子よかったし、今日なんかマスワリ出しまくってやろうって張り切ってきたのに、よりによって閉店って! オレってとことん運気に見放されてるんやな〜!」天を仰ぐように両手を広げると、それを見ていたもう一人の常連が話しに絡んできた。「やれやれ、この御仁は運に任せっきりですか。自分の腕を磨こうともせえへんと!」と皮肉たっぷりに応戦した。若者の方も「ンだよォ!」と睨みを返す。

     「お前ら!」一連の会話を見ていた店主はたまりかねて怒鳴った。「そんな大声で怒鳴り合って外のお客さんが来たら・・・、せっかく店閉めてる意味ねーだろ!」そう言った店主の口元には笑顔がほころんでいた。よほど不安だったのだろう。いつもの何気ないやりとりが店主にとっても救いだったようだ。

     せっかちな性格の大家は、店主の表情に少し余裕が出たのを見計らったように尋ねた。「で、いつから営業の方は再開するんだい? いつまでもこのままって訳にもいかないだろうしさ。」

     「まあ、さっきからそのことでこいつらと・・・、いや、お客にこいつら呼ばわりもないもんだが、まあ、こいつらが」若い客がプッと笑う。「まあ、言うんだよ。店閉めたままでもいいから、撞かせてくれ、と。それで・・・」店主は視線を少し離れたビリヤードテーブルの方にやり、30センチ四方程度のアラレの空き缶を視線で指し示した。「あの中に勝手に場代を放り込んでおくから勝手にやらせてくれ、なんてね。ま、こっちとしてはありがたい話しだけど、そうまでして撞きたいもんかね?って言ってたとこさ。」
     中年の客がすかさず突っ込んだ。「だから、普段からいかにいい加減に球を撞いてるか?ってことちゃうか?」これには若い方も黙っていなかった「いや、ホンマ、心入れ替えてちゃんと撞くさかいに、頼むから店開けてーや。お願い!」と神様にでも頼むように両手をパンと合わす仕草をする。
     
     そうは言っても防犯上の問題もあるので店主も中年男性も首を横に振るしかなかったが、若い方はふとひらめいたことを思わず口にした。「ひょっとして、その子?新しい店員さんちゃう?」この言葉で、さっきまでずっと黙りこくっていた佐倉の方に視線が集中した。

     「あの・・・」困った様子の佐倉をかばうように大家がフォローする。「あのね、今日の今日でそんなにタイミング良く見つけてくるはずないだろ?」「さっきまで食事を付き合ってもらった、うちのアパートの住人さんだよ。」容赦ない大家の発言に、一瞬の期待に胸が膨らんだ一同は皆、意気消沈してしまった。

     しかし、店主はもっと切実な願いとして、少し考えた末であらためてお願いをしようと決めた。それはやはり経営者としてもう少し具体化したものだった。「仕事はそんなに忙しくないし、難しくもないんで。」「夜8時半ぐらいまでの間でいいから、手伝ってくれると本当に助かるんだけど、どうかな・・・? そうしたら妻の見舞いにも行けて、店も継続できて本当にありがたいんだけど。」

     「そう言われたら手伝いたい気持ちはあるんですが。」話の流れ上、佐倉の方も断りにくくなっていたかも知れない。それに、バイト先を探していた彼女にとっても悪い話しではなかった。だが、「でも、あたし、ビリヤード場って何をしたらいいかわからなくて、それでお仕事がちゃんと勤まるかどうか・・・。」やはり彼女にとってもいきなりお店を任せられるのは荷が重すぎるだろう。当然のことである。

     「それなら」常連二人が口を揃えて言った。「地主さんに手伝ってもらいながらってのはどう?」

     「地主さんって!?」と不思議そうな顔をしている佐倉の心が読めたのか、店主がフォローした「ああ、うちは土地は借りてるけど、上(建物)はうちの所有なんだよ。だから地主さん。」

     それを聞いた佐倉は、「ああ・・・」と言ったまま口をパクパクしている。今度は大家が口を挟んだ。「だから、あたしの名字は大家じゃないんだってば!」常連客二人がケタケタと腹を抱えながら笑っている。「ホントにこの子はわかりやすいっていうか、あのね、あたしにだって名字はちゃんとあります!」
     図星を指され、顔を赤らめる佐倉を店主らも温かな笑みで受け入れている。人柄としての佐倉はこの店に受け入れられたようだ。

     「まあしょうがないね。この店が売り上がらなくても困るのはあたしだし。奥さんのこともあるから、快く手伝うよ。佐倉さん、いいかい?」
     「はい!」とハキハキした返事をした佐倉だった。まだ夕食時の酔いが少し後押ししたのかも知れない。それにしても、日中の暑い中を何時間も歩き回ってすらなかなか見つからなかったアルバイトがこうもあっさりと決まってしまうとは。

     こうして佐倉とビリヤードとの運命的な出会いは突如として訪れたのである。




    次号『第12話 大家の長い一日』をお楽しみに。
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      | 第一章 ビリヤード場へようこそ | -
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        -- あらすじ --
        この物語は、主人公−佐倉がビリヤードを通じて様々な人と出会い、成長する様を描いていきます。 大学に通う一年生の佐倉は、同じ京都で間借りしている部屋の大家を通じ、ビリヤード場で働くことになります。人と接することが苦手で、自分の殻にこもっている彼女の心を、店の常連客らが徐々に開いていきます。 アットホームな雰囲気、厳しい先輩プレイヤーやプロの存在によって彼女の心境が変化していき、本格的なプレイヤーに成長していきます。やがてビリヤードがなくてはならない存在になり・・・。 序章で見せた佐倉の涙の意味するものはいったい・・・? これから始まるビリヤードのドラマに、しばしのお時間お付き合いください。

        -グーバーウォーク-



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